殺生丸夢

□第二話
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なんだか騒々しい…
騒がしいせいで目が覚めれば殺生丸様に緑色の小さな生き物が何かを言っていた


「あの様なみすぼらしい小娘を殺生丸様のお傍に置くなど…」
「目が覚めたか」


緑色の小さな生き物…妖怪だろうその生き物を無視して目覚めた私に気付いた殺生丸様が声を掛けてくる


「は、はい…」
「貴様、名は?」


静かに見下ろしてくる彼は真っ直ぐな眼差しで、思わずこちらの方が緊張してしまう
だが投げやりになっていたとはいえ、私は彼に忠誠を誓った
主人から顔を背けてはいけない…

っていうか今は自分が羽衣狐のままなのか、“本当の私”なのかも分からない
人間だとはあの鬼に言われたが…
どう名乗るべきかと悩むがジッと見つめてくる眼差しの圧力がすごい


「桃花、と申します…」


名を名乗れば彼は興味が失せたのか、そのまま踵を返す
その後に続く緑の小妖怪の姿を見つめていると足を止めた彼が振り返る


「何をしている、行くぞ」
「殺生丸様をお待たせするんじゃない!」
「は、はい」


桃花が慌てて立ち上がり、後をついて来るのを見て殺生丸はまた歩き出した
そんな彼の背について行きながら桃花はそっと息を吐いた

そう、忠誠を誓ったんだ
彼について行かないといけない…

今まで羽衣狐として敬われて尽くされるばかりだった
その前は特出したことは無かったがこんな主従関係もなかった
慣れないが己が誓ったんだ
それに彼が、殺生丸様が仰った
刹那の時間すらも誓いを忘れることは許さないと…


「ったくこれだから人間なんぞ…
殺生丸様の手を煩わせるんじゃないぞ!」


翁と女人の顔が付いた身の丈以上の杖を振り回す緑色の小妖怪がブチブチと文句をこぼす

そういえばこの妖怪はなんなんだろうか?


「あの…ちなみにあなたは?」
「ワシか?
ワシの名は邪見、殺生丸様に長年仕えとる」


フフンと小さな身体で胸を張りながら自慢気に名乗る小妖怪、邪見
見た目は異色だが妖怪の中では普通だろう彼は、桃花に新入りなのだからワシも敬えと騒いでいた


「邪見、煩い」
「も、申し訳ありません、殺生丸様…」


主人にギロリと睨まれ、釘を刺されてしょんぼりする邪見はわりと可愛い気がある
足の早い彼について行くのは大変だろうに、良き家臣が居るんだと思わず羽衣狐目線で感心する桃花

結局鏖地蔵は清明の手の者だった
それは他の者達にも言える
純粋に羽衣狐だけを慕っていた妖怪は居たのだろうか…
原作は読んだが祢々切丸に斬られた影響か記憶が曖昧で答えは出なかった

どれぐらい歩いただろう
合間に休憩を挟んだが少ししんどくなってきた…

日も少し沈み始めたと桃花が空を見上げると同時に殺生丸が立ち止まり、ここで休むと言い放つ
少し離れた岩に腰を下ろす殺生丸を横目に、邪見が食料の調達に動き出す


「貴様もしっかり働かんか!
自分の食事は自分で用意するんじゃぞ!!」


いつの時代か定かではないが、自然豊かな森の中
食べるものには困らないだろうが慣れない環境で初めての食料調達となると流石に困り果てる桃花
知識が無いわけではないがあまりの環境変化に追い付けず、途方に暮れた
とりあえず木の実や山菜などはないかと探してみるがそう都合は良くないようだ


「今までが恵まれ過ぎた環境だったんだ…」


もっと勉強すれば良かったと後悔するが、なんの勉強だろうという疑問も湧き上がる
森でサバイバルする予定なんて無かったし予想出来るわけもない

薬草は分かる
毒草かどうかもわかる
でも毒性がなくても食べれたものじゃないものだって数多くあるし、キノコ類に関しては全く分からない

手ぶらなのも嫌なので焚き火用の木の枝などを拾いながら食料を探すが、やはりどれが食べれるものか分からないので手を出しづらい
今日一日ぐらいならまだいいがこの先の事を考えると気が重くなる
深い溜め息を吐きながら桃花は元の場所に戻った


「貴様、食べ物はどうした!?」
「えっと…」


目敏く指摘する邪見にどう言ったものかと桃花は目を泳がせた
まぁどう言っても怒られそうだと思いつつ、拾ってきた木の枝を地面に下ろす


「今まで森の中でこういったことをしたことがなくて…
薬草は分かるんですがどれが食料になるかが…」
「なんじゃと!?
貴様、そんなんで殺生丸様に付き纏うなど…」


別に付き纏っている訳では無いのだけども聞く耳を持ってくれそうにない邪見
どうしたものかと桃花はまた小さく溜め息を漏らす


「一日程度でしたら食べなくても平気です
ですが良ければ明日からでも長年殺生丸様に付き従ってきたという素晴らしい家臣の邪見さんに色々ご教授頂きたいのですが…」
「むむむ…そうか
そうじゃの、そうじゃの
だが人間なんぞが殺生丸様に長年尽くしてきた凄腕のこのワシに教えを乞うとは無礼が…ギャッ」


純粋なのか褒め慣れていないのか、少し持ち上げれば嬉しさを滲ませながらもドヤ顔する邪見
だがその背後に殺生丸様が静かに立った
邪見の向かい合っていた桃花は彼の存在に気付くが、それを邪見に教える前に彼が足を前に蹴り出してしまった
勿論彼の前に立っていた邪見は桃花の横を通り過ぎ、背後にあった木の幹まで蹴り飛ばされる


「煩い」
「ずびばぜん…」


少し邪見さんに悪い気がしたが連れてこられただけの私に殺生丸様へ反抗など出来ない
庇い立ても勿論出来ないわけで…

心配そうに邪見を見ている桃花に殺生丸は何かを差し出した
桃花が反射的に手のひらを出せばそこにまるまるとした大きな桃が乗せられた


「せ、殺生丸様?」


彼はそのまま座っていた岩へと戻るが、桃花は慌ててその背に礼を言う


「ありがとうございますっ」


返事はないものの、食べ物をくれた殺生丸様
辛辣な物言いが多いが彼はとても優しいのだろう
戻ってきた邪見が焼いたトカゲを食べるのを横目に、少し硬いが甘くて美味しい桃を齧る


「殺生丸様の慈悲に深く感謝するのじゃぞ!」
「はい!」


桃を頬張る桃花を見て食べる手を止める邪見
気になって仕方ないと邪見は桃花に疑問をぶつける


「見たこともない変わった着物を着とるようじゃが…
食料調達もまともに出来なんだし、お主はどこぞの姫じゃったのか?」


邪見の言葉に桃花は思わず首を傾げてしまう
指摘された服は桃花の着るセーラー服だ
色がリボン以外が真っ黒な為に少し物珍しいかもしれないが、姫と呼ばれる程のものではない
まぁいつの時代かは分からないが彼らの服装を見れば軽く数百年ぐらい前の日本なのだろう
とはいえこの時代の人間が誰しも深い森の中で食料調達出来るという認識はちょっと行き過ぎな気がした

かつては魑魅魍魎の主ではあった羽衣狐
山吹乙女の肉体を依代にしてからも大企業の孫娘という立場であったがためにこの時代の貴族に近いかもしれないが…


「姫じゃないですよ
まぁ今の時代については世間知らずかもしれませんが…」


僅かに声を落として呟きながら私はこれからの事を考える

とりあえず邪見は人間嫌いのようだが持ち上げれば色々教えてくれるかもしれない
今までの食生活を考えれば多少食べれなくとも今の方が断然マシなのだ
そこは文句はない

だが食事事情よりも問題があるとすれば着替えとお風呂だろう
さて、どうしたものかと考えていると焚き火の音に紛れて僅かに水音がしている事に気付いた


「邪見さん、近くに川があるのですか?」
「そうじゃ
じゃから殺生丸様はここで休むと仰ったのだ」


何を今更…と呆れた表情の邪見を横目に、桃花は川があるならせめて水浴びでもと考えていた
着替えもタオルもないが、何もしないままは気持ち悪い
毎日お風呂に入る生活をしていたのだから仕方ないだろう
まだ肌寒い季節のようだが耐えられない程ではない

とはいえ濡れたままで過ごさなくてはいけないので今行くのもはばかられた桃花は、せめて彼らが寝静まってからにしようとまだ残っている桃を齧ったのだった




2019/08/14

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