殺生丸夢
□第一話
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私は…確かに死んだはずだった
あの時、陰陽師の術を受け、祢々切丸をこの身に受けた
だが気がつけば美しい満月が輝く空の元
広い草原に横たわっていた
私はどうなったのだろうか…
私はまだ“羽衣狐”のままなのか？
そんな疑問が頭を巡っていっぱいになり、近付いてくる男の存在に気付かずに居た
上体を起こし、座り込んでいた私の視界の目の前にドシンッと大きな音と共に巨大な鬼が現れる
「ニンゲン…ニンゲンのオンナぁ…
よこせ…オンナ、喰わせろぉぉぉぉおおお！！！！」
腹の底から響き渡るような大きな声が身体に響く
人間の女…ということは私はもう羽衣狐ではない
ようやく開放されたのにこの鬼に喰われてしまうのか…
自分のしてきた事がいい事ではないのは分かってる
だが、あまりにも理不尽だと…涙がゆっくりとこぼれ落ちた
その時だった
「雑魚が…目障りだ」
感情のこもらぬ冷たい声色と共に空を切る音がした
視界の隅にキラキラと煌めく何かと白色の何かが見えたかと思った次の瞬間、強い風圧と共に錆びた鉄の匂いが漂い始めて一気に静寂が訪れた
何事かと、目を向ければバラバラになった鬼と満月を背に立つ男の姿が目に映る
だが男が一瞬で消えたかと思うと同時に首元を何かに抑えられ、そのまま地面に叩きつけられた
キラキラとしたものが私を囲んでいく
それは見事なまでに美しい銀髪で、月の光を浴びて煌めいていた
檻のように私を囲い覆うその長い銀髪を辿れば眉目秀麗という言葉が相応しい中性的な美貌と、その中でも一際目立つ黄金色の瞳に目が奪われる
空に輝く満月と同じ色を持つその男は僅かに目を細め、震える私を見据えた
首にある熱と僅かな圧力はこの男に首を締められているのだろう
苦しくはないが本能的に恐縮してしまう
何かを言おうとするも声が出ない程に…
この男にも聞こえてしまっているのではないかと思うほど高鳴る鼓動
ゆっくりと男が近付いて囁く
「動くな」
思わず一瞬息を止めた
近過ぎるその黄金色の瞳に吸い込まれてしまうような感覚を覚えながら、私はジッと固まる
「指一本でも動かしてみろ
貴様の命は無いと思え」
私の首を締める手に僅かに力が籠る
返事は出来ない
ただその黄金色の目を見つめ返すしかなかったが、男はそのまま身を起こしてコキッと指を鳴らした
そして次の瞬間、長い爪から光を帯びた鞭のようなものが現れ、それを大きく振るった
どこに向かってその光の鞭を振るったのかは動けないために分からないが、ギャァアという悲鳴と共に何かが地面にドサドサと落ちる音がした
「もう動いてよい」
無感情な低い声に私はようやくまともに呼吸出来るようになり、鉄の匂いを帯びた夜の冷たい空気に思わず噎せてしまう
噎せながらも必死に呼吸しようとする私の身体の横に腰を下ろす
「この程度のことでまともに呼吸も出来ぬとは…」
なんと弱いものだと、蔑みを含んだ男の言葉にまた涙がこぼれ落ちる
その涙を男は指で拭う
「先程から雑魚妖怪が集まっている
このまま私が貴様を見捨てれば、すぐにでも他の妖怪達の餌食になろう」
まともに頭が働かない私にゆっくりと言い聞かせるように
己の状況を思い知らせるように
「もしくは賊の人間達に弄ばれるであろうな」
残酷な現実を突き付ける男の言葉に私はまた涙を流す
散々な思いをしてきた
羽衣狐で居るのはとても辛く大変なものだったのに、また辛い思いをしないといけないのか…
もし神がいるとしたら
羽衣狐に成り代わらせたことも、ようやく原作を終わらせて大人しく祢々切丸に斬られたのに…
家ではなくこんな危険な場所に連れてこられたことを、恨み辛みをぶつけてなぜ私なんだと問い質したい
私が何をしたと言うの？
まだ苦痛を味あわないといけないの？
見知らぬ場所に状況も分からぬまま放り出され、見知らぬ男に蔑まれている
そんな意味の分からない状況に涙が止まらない私に、男は涙で濡れた指先を己の口元にやりながら小さくこぼす
「…この殺生丸に忠誠を誓うと言うなら、生かしてやらんでもない」
ようやく落ち着いた呼吸がまた一瞬止まる
見上げた男は満ちた月に負けぬ程の輝きを持つその黄金色の目で真っ直ぐこちらを見ていた
私の忠誠を見定めるように
かつては魑魅魍魎の主であり、京妖怪の親玉でもある羽衣狐であった
私自身、自尊心やプライドが全くないわけでもない
でも私は疲れてしまったのだ
酷く疲れ切ってしまっていた
自分の予想が間違っていなければここは私の世界ではない
ぬらりひょんの孫の世界でもない
これからどうすればいいか考えることすら億劫で、もうどうにでもなれという投げやりな気持ちさえあった
己の意思に反して動かないこの身体が何よりの証拠だ
実際動けても目の前に居るこの殺生丸と名乗る男に抗うことは難しいだろう
ならば…と疲れ切った頭は安易に思ってしまったのだ
「せ…しょう、まる…さま」
心が折れてしまったのかもしれない
原作通りにすれば帰れると信じて生き胆を喰らい、鵺を産み落として祢々切丸に斬られたというのに…
私は帰ることが出来なかった
「誓い、ます…」
もうどうすればいいか分からない
だから目の前に居るこの美しい男に、人間ではない強い妖気を持つこの妖怪に
この身を委ねよう…
嗚咽を漏らしながら誓う私に男は満足したのか、軽々と身体を横抱きに持ち上げられた
「その誓い、魂に刻め
刹那の時すらも忘れることは許さぬ」
「…はい」
この妖怪は意外に暖かいと…
現実逃避しながらも私は従順に頷き、大人しく抱かれる
身体が動かない
本当に疲れた…
意識を失う私を殺生丸は静かに見下ろし、そのまま踵を返してどこかへと歩き出したのを月が静かに見下ろしていた
2019/08/12
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