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□手中にある宝は彼のもの
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手中にある宝は彼のもの


「ヌフフ、可愛い子ちゃんばっかり〜。狼さんになっちゃうぞ〜!がお〜!!」

デレデレと鼻の下を伸ばし、周りのお嬢さん達に愛想を振りまき口説く男が一人。

きゃー!!と上がる黄色い歓声の中心にいる相棒を呆れ顔で見つめる次元。
何を言っても無駄だと悟った次元は肺の中の空気を全て吐き出したような深い溜息をついた。

「……良くやるよ、ったく…。」

「あれ、次元ちゃんヤキモチ?」

「んなわけあるか。野郎に口説かれたって虫酸が走るぜ。」

次元はふいとルパンから視線を逸らして彼に背を向けた。目立たぬ部屋の隅の方へと移動し、次元は壁に背を預けてこの茶番が終わるのを待とうと思った。

「…へーえ、そう…。」



突然顔のすぐ横でドン、と鈍い音が聞こえた。
壁の方を向いていた視界がぐるりと反転し、目の前にはルパンの顔が迫っていた。



「次元。俺はお前の事がどうしても欲しくなったんだが…お前の全てを、盗んでもいいか?」


先程までと打って変わって真剣な表情で真っ直ぐにこちらを見つめる瞳に射抜かれる。

「…へ……?」


口を突いて出た言葉は余りにも間抜けなものだった。
黒曜石のような瞳は瞬きをしない獣の目をしていた。狙った宝を見つめる、狙いを定めた怪盗の目だ。
心臓の脈打つ音だけが次元の中にやけに煩く響いてくる。他の音は聞こえない。

ルパンの動き一つ一つに目を奪われる。瞬きでさえも何故か芸術的に感じる。
そうして、指一本動かせずに硬直していると、ルパンの口の端が持ち上げられ不敵な笑みを浮かべた。

突如として重ねられた唇。

あまりの事に自然と腰が引けるが、背中は直ぐに硬く冷たいコンクリートの壁に当たる。
気がつくと足の間にはルパンの右足が差し込まれており、完全に逃げ場は塞がれていた。
ルパンに腕を取られたかと思えば、優しく壁に押し付けられた。
重ねられた唇は手入れが行き届いているのだろう。ささくれなどは感じない柔らかな唇の感触が伝わってくる。
その唇の間から舌が顔を出し、己のかさついた唇を優しく一舐めする。
酸素を取り込もうと少し口を開いてしまうと、その隙を逃さずルパンの舌が口腔に侵入してきた。
口腔の柔らかい部分を舐め上げられれば、余りの心地良さに瞼が下がってくる。
弱い部分を舐め上げられてしまうとそれに反応して身体が跳ねる。
ルパンは次元が反応を示した部分を何度も熱い舌で愛撫した。
あまりの気持ち良さから逃げ出したくなっても、後ろには壁。顔を背けて逃れようとしても、それを許さないとでもいうかのようにルパンのキスはますます深くなる。

膝からかくんと力が抜けてずりずりと壁をずり落ちてしまうが、ルパンの右足の太腿に支えられたためその場にへたり込む事はなんとか免れた。


「ふ……っ…ん…。」

鼻から抜けていってしまうか細い声でさえ奪うかの如く、ルパンの体重を掛けられて深く口付けられる。
ルパンの舌は次元の口腔を自由に動き回った。
少しでも次元が反応を示せばそれを敏感に感じ取り、ピンポイントで攻め立ててくる。

強く突き飛ばして仕舞えば簡単に逃れる事は出来るのだろう。だが次元はそうはしなかった。
そんな考えなんて微塵も無かったのだ。ルパンから与えられた熱に浮かされ、溺れていた。
次元の身体は細胞の隅々まで、ルパンにひれ伏していた。

ーー彼のキスは大泥棒の名に相応しいものだった。


「…は…。」

やっと離れて行った唇。2人の唇の間には透明な糸が引き、やがて切れた。

無意識に閉じていた目を開けると、ルパンが得意満面なムカつくにやけツラでこちらを見ていた。


「良い顔すんねぇ、次元ちゃん…。」

唇の端に付いた先程切れた糸を、ルパンは舌でペロリと舐めとった。
その煽情的な仕草にズクリと次元の奥が熱く疼く。

「な……!!」

かあっと顔に熱が集中していくのが分かる。
恐らくルパンはキスの最中も目を開けてずっと見ていたのだろう。キスに溺れる己の姿を。
そんな自分の醜態を見られたと自覚した瞬間、羞恥心が一気に込み上げてきた。
前髪が長くて助かった。俯いてボルサリーノを目深に被る。


「……。」

「うわっ!?」

急にルパンに両手で耳の後ろ辺りの髪を掻き上げられ、上を向かされた。


「腰砕けてるぜ…。そんなに良かった?」

「…良く、ない…っ。」

強がって発した言葉には自分でも分かるくらいに上擦り色欲に塗れていて、こんな様子ではルパンにだってバレているのは明白である。
居た堪れ無くなって視線を逸らすが、くくと喉を鳴らして笑うルパンの声がやけに煩く耳に届く。
ルパンはひとしきり笑った後、ゆっくりと次元を引き寄せた。
片手は腰に回されて体を密着させ、もう片方の手で頭を包み込む様に撫でられる。
優しく触れるだけのキスを落とされた後、腰に添えられていた手が下へと移動してスラックスの上から双丘の狭間を優しく撫でる。


「…お、い….っ。」

「んー?」

キス一つで骨抜きにされてしまった次元の身体はルパンのなすがまま。
ルパンの手がするりと下半身に滑らされ、反応を示している中心を撫で上げた。

「…っ….ぁ…。」

身体が期待に震え、その反動で甘く濡れた声がルパンに聞こえるか聞こえないかくらいの声量で僅かに上がる。

上手く力の入らない次元はその場にへたり込んでしまいそうだったため、目の前のルパンに縋り付いた。
ルパンは次元の腰辺りに回してあった腕に力を入れて支えてやる。
腕の中で期待に震える身体を抱きしめると、前髪の間から次元の見え隠れする瞳と視線がぶつかる。
普段は冷静で冷ややかに鈍く光る死神と呼ぶに相応しいその瞳が、今は生理的な涙で潤んでおり今にも零れ落ちそうな色を湛えて揺れている。

「はー….。可愛いねぇ次元ちゃんは…。」

「る…ぱ……?」

ルパンは深い溜息をついた。
少しからかってやろうと思っただけなのだが、ちょっと口説き文句を囁いただけで間の抜けた表情を浮かべて可愛い反応をしてくれるものだからついヒートアップしてしまったのだ。
そのまま勢いでキスしてしまったものの、これは少し不味い状況である。

「このまま続けたいのは山々なんだけっどもよ?さすがにこれ以上は、ねぇ…。」

「は……?」

ちらりとルパンは視線を投げかける。その視線の先を次元も辿ると、静まり返りこちらを凝視する女性達と目があった。


「…!!!」

「ほらねぇ?続きはアジトに帰ってから…。」

「うわあああああっっ!!?」

「ぐっ……!?」

次元は物凄い勢いでルパンを突き飛ばすと、扉が壊れるのではないかと思われる勢いで体当たりをするかのように荒々しく扉を開けて外に飛び出した。

「い、たたた….。あんの馬鹿…。少しは加減しろってんだよ…。」

突き飛ばされ壁に激突したルパンはぶつけた腰をさすりながら立ち上がった。

「お?」

周りの女性達は固唾を呑んでこちらを見守っていたようだ。

「これはこれは失礼致しました、お嬢様方。
楽しいお食事中にすまないねぇ。引き続き、最高の時間を楽しんでくれよな!それじゃあな!」

去り際にウインクを美しい女性達に投げかけて、ルパンは優雅な足取りで店を後にした。


ーーそこには、心臓を押さえて倒れ込んだ淑女達が沢山いたとか、いなかったとか….



「次元ちゃんってばぁ〜!」

「うるさい!引っ付くなっ!信じらんねぇ…!」

「そんなに怒んないでってば〜…。」

今にも噛みつきそうな犬みたいな形相でこちらを睨みつけてくる次元。
ガルルル、といった唸り声が聞こえてきそうだ。
ただそれが照れ隠しである事は、ルパンは重々承知していた。


「お前がこんなに可愛いんだって事を見せびらかしたくなっただけなんだけっどもなぁ。」

「けっ、気持ちわりぃ事言ってんじゃねえよ!」

「ンフフ…。」

隣に座っている次元を腕の中に招き入れ、次元の身体の形を確認するかのように後ろから抱きしめる。
ルパンの身体に当たる次元の身体は、中途半端に与えられた快楽に熱くなっていた。
背中を背骨に沿って上から下へ指でなぞり、柔らかな髪から覗いている赤くなった耳を甘噛みすると、次元から甘い声が漏れる。

「まぁ、あれ以上の次元ちゃんの可愛いところは絶対に誰にも見せないけどな。俺様だけが知っていればいい…。」

ルパンはそう言うと、次元を押し倒した。
難なく倒れた次元の身体を、ベットがボフンと音を立てて受け止めた。

重なった二人の間に言葉は無かった。
泥棒が目的の宝を手にした時の勝利の笑みを浮かべていた事は、ルパン以外は誰も知らない。


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