colorful*world

□05 途切れたオモイ
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翌日、茅ヶ崎くんが私の部署までやってきた。

「おはようございます、有村さん」

「あ、おはよう、茅ヶ崎くん……」

昨日はありがとう、と言いかけて口を噤む。

茅ヶ崎くんとプライベートで会っていたなんて周りの人に聞かれたら大騒ぎになってしまいかねない。

そんな私の気持ちを読んでくれたのか、茅ヶ崎くんはそれ以上何も言わずに書類をぽんと置いて

「はい、これお願いします」

と、爽やかな動作で去って行った。

その時、他の人には気づかれないように、私の手の甲にさっと小さな付箋を貼った。

そこには、
『今日のランチ、この間と同じ時間・場所でよろ』
と書かれている。

昨日の代金も精算したかったし、前回の分の御礼もしたかったから、好都合だと思った。

「あの、先輩」

「ん?」

背中合わせの先輩に声をかけると、顔だけをこちらに向けて返事をくれる。

「私今日もお昼少し早めに行きます。その分早く戻ってくるか、定時後にプラスしますので……」

そこまで言うと先輩は椅子をごろごろと私の方に寄せてにやっとした顔で声を潜めた。

「茅ヶ崎くんとランチ行くんでしょ?」

「っ、どうしてそれを……」

「さっきメモ貰ってるの見ちゃった〜」

私は慌てて人差し指を立てて唇にあてて、他の人には内密に!と懇願する。

「別に言いふらしたりなんてしないわよ。ただ、あんたが浮気するとはねぇ」

「ちっ、違います!彼は全然そういうのではなくて!」

私は仕方なく、けれど出来るだけ簡単に茅ヶ崎くんとの経緯を話した。

「へー、劇団とかやってんだ。すぐ人気者になるだろうねぇ」

「ですよね。確かに女性が多かったし…でも、凄く面白いお芝居でしたよ」

「そう。ま、あんたが束縛彼氏に嫌気がさして浮気した、ってことじゃないならいいわ」

「そ、そんなことしません。私には圭太しかいませんから」

そう言うと、先輩は満足そうな笑みを浮かべて「はいはい」と笑ってデスクに戻った。

私も少し冷静を取り戻して、姿勢を正してデスクに向き直った。


…その時、私はどうしてか言いようのない違和感を覚えた。

でも、正体がわからない。ふわり、と漂う空気が背中をじんわりと湿らせる。

胸がざわざわと動いて、喉が狭くなってくる。

私はとっさにディスプレイトレイにあった石を握った。

三角の暖かい重みが掌から胸へと伝わっていく。
もやもやとした気持ちは、胸の奥へと逃げていった。

「……ふぅ……」

私は一息をついて、茅ヶ崎くんとの約束の時間を楽しみに待った。


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