Re:αメンバーの日常
03/13(Wed) 01:20
明星さんは今日も絵を描く
あいか
![](./img/spacer.gif)
今日も、絵を描く。
キャンバスに色を載せていく。
赤色。黄色。ほんの少し青色。黒。茶色。
真っ白だったキャンバスに、りんごの形が出来上がった。
モデルのりんごにまた視線をやって、ため息をついた。濁った息が絵を汚す。
灰色にくすんだ作品を部屋の隅に追いやった。
三回目だ。
三回もこのりんごの絵を描いているのに、満足のいく出来にならない。
上手くデッサンできているとは思う。
でも、今朝八百屋さんで見つけた時、このりんごはもっといいカオをしてた。
それが描きたくて買ったのに、家に持ち帰った途端に冴えないカオになってしまった。
はあ。
また灰色の息を垂れ流す。
アトリエはすっかり色褪せ、霧のようにため息が立ち込めていた。
何がいけないんだろう。
「また絵を描いているのか」
ずぐり。
霧の中から気配が立ち上がる。
それは、黒くて、耳障りなノイズを撒き散らすもの。
「お前は異常なんだ。障害を抱えているんだぞ。それを治さずに画家になんてなれるはずごないだろう」
「お前の絵は気味が悪い。描くな。人に見せるな」
「どうしてお前は俺の言うことが聞けない?」
「うるさい!」
パレットナイフで黒い影を切り裂く。影は揺らいで人の形を失い、私にまとわりつく。
「お前はいつもいつも」
「異常異常異常異常異常異常異常異常異常異常」
「画家になんてなれない」
耳を塞いでも流れ込んでくるノイズ。次第に言葉の形も歪んで、針のような、毒のような悪意だけが伝わってくる。
父が私に言った言葉が、たまにこうして襲いかかる。もうあの人は死んだのに。
大嫌いだった、黒くて、大きい、あの父は。
ぎゅっと目を閉じる。視界が真っ赤で、地面がガタガタ揺れていた。危険信号。
大丈夫、落ち着け。これは幻覚。
自分に言い聞かせる。
ゆっくりと深呼吸を繰り返す。悪意を締め出し、心をフラットに戻していく。
次第に赤は薄らいで、揺れはとまった。
瞼を開けたら、もう父の悪霊はいない。
ただ、嫌な臭いだけがアトリエに充満していた。
このままじゃ、だめだ。
私はナイフを隠しポケットに入れ、外へ出た。
玄関のドアを開けると、粘膜に包まれる。粘り気がある、イカ臭い粘膜。
電柱の影を一瞬確認すると、いつもの眼球を見つけた。
ここ数日、私の周りを泳ぐ、魚のような二つの眼球。
多分私の絵のファンで、ストーカー。
気を付けてるんだけど、たまにこういうのが湧いてくる。
いつものように素知らぬ顔で歩き出した。
入り組んだ住宅街。コラージュタウンは街並みもアーティスティックだから、迷路のような路地も存在する。
私は散歩し慣れてるから迷わない。ストーカーを撒くのに向いている。
そして、獲物を追い詰めるのにも。
角を曲がった目玉が、袋小路でキョロキョロと辺りを見渡した。
「ここだよ」
身を潜めていた物陰から顔を出す。
目玉は慌ててこちらを振り返った。
「初めまして、ストーカーさん」
私の言葉に驚いて、ぐるりと目玉が回った。
それからゆっくりと目玉の下に亀裂が入って、ボロボロの口がぱっくりと開いた。
「バ、バレていたんですね。でもどうして、こ、こ、こんなところで姿を、見せっ、見せたんですか」
声もねっとりとして、生暖かく、気持ち悪い。目がせわしなく泳ぐ。
この人は本当に臭いな。
「ここ、こ、こんな人気のないところで、ぼっ、ぼっ、僕に、何かされると、思わなかったんですかあ!」
興奮した声で叫んで、目玉は私に向かって走る。
『感覚共有』
目玉が絡まって地面に突っ込んだ。ビチビチと魚のように跳ねる。
「ぁえっ、な、なんだこれ?」
どんな風に感じているのか知らないけど、感情的になっていたら、私の世界ではまともに動けない。
ナイフを取り出し、のたうちまわる二匹の目玉を見下ろした。
「君こそ、私に何かされると思わなかったの?」
さて、どうやって料理しようか。
「うん、うまく描けた」
キャンバスには、赤い二匹の魚が身をくねらせて、絡み合っている絵が現れていた。
窓から朝日が差し込む。処理したり、絵を描いているうちに夜が明けてしまったようだ。
体を伸ばすとバキバキと固まった体が砕け、欠片がポロポロと落ちた。
ふと、昨日描いていたりんごを見ると、朝日を浴びて眩しそうなカオをしていた。
そうだ。
思いつきのままに行動を始めた。庭に机を運び出し、りんごを置く。
「……おぉ」
りんごは買った時のようないい表情になった。描きたかったカオだ。彼は太陽の下こそ輝くんだろう。
イーゼルとキャンバスも持ち出し、パレットに絵の具を垂らす。
私は今日も、絵を描く。
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