大うさ

□ホットミルク
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う「……ここ、どこ?」


見渡すかぎり、真っ黒な世界が広がる。




―――大気さんは?


再度、辺りを見回す。すると、ボヤァっと白い光に包まれて悲しそうにこちらを見つめて佇む大気さんの姿。

大気さんの方へ駆け寄り、確認する。やはりどこか寂しげな表情だ。


う「大気、さん?」


彼の頬にあたしの手を添える。
すると、大気さんの体が薄くなり、流れ星の様に速く上へと、あたしの目の前から大気さんは消えた。


う「大気さん!」



そこまで見て、勢いよく目が覚めて体を起こした。

そこに映る光景は、真っ黒な世界なんかではなくあたしの部屋。
いつもと何ら変わりのない光景だ。


う「今のは、夢……?」

自分で呟いた声が、自分の部屋に響く。
未だに心臓がドクドク音をたて、額や首には冷や汗をかいていた。
怖かった。今思い出しても震えが止まらない。

ただの夢だと、そう言われたらそれまでなのだけど……。

まだ、大気さんの頬の感触が手に残っている。あれは、本当に夢なのだろうか。とてもリアルだった。こういう時、自分の想像力が恨めしい。

……あたしが触ったせいで、夢の中の大気さんは消えてしまった。

消える、ということは、あたしの前から大気さんがいなくなるということだろうか……。


う「―――夢。ただの、夢だよね」

そう自分に言い聞かせるようにして、もう一度寝ようとベッドに体を沈ませる。だが、あんな夢を見たあとに寝られるわけもなく……。


う「ミルク、飲もう……」

あたしは、静かに自分の部屋の扉を開けた。

もちろん、部屋は真っ暗で、大気さんは自室にいる。
最近ライブも終わり、仕事がそこまで忙しくないようで、早く帰ってくることが多い。今日だって、いつものように夕飯を食べて、いつものようにみんなでソファで寛いでいた。

帰ってくるのが早い時は毎日のように一緒に寝てたから、あんな夢をみたのかな……。

大気さんが今日は詞を考えたいと言って、別々に寝ましょうと言った。
こんなことなら、邪魔しないから無理矢理にでも一緒に寝ればよかったかな……。

みんなが起きないように、静かな行動を心がけて、キッチンへ向かう。

愛用のティーカップを取り出して牛乳を鍋に入れて、温める。
一口飲むとこわばっていた心を、幾分か溶かしてくれた。

キッチンの電気はつけたまま、ソファに移動した。これくらいの薄暗さが、とても落ち着く。

子供の頃、あたしが怖い夢を見て泣いていると、ママが必ずホットミルクを入れてくれた。大丈夫、怖くないわよ、といいながら。あたしが寝るまでずっとそばにいて抱きしめてくれた。

だから、あたしも今日のように怖い夢を見たり、辛いことがあると、ホットミルクを入れるようになった。

ホットミルクには、リラックス効果があるような気がする。

―――大丈夫、大丈夫。怖くない。

目を瞑ってさっきの夢をかき消そうとしていると、カチャリと音がしたので、振り返ると、大気さんが部屋から顔を出していた。

大「……うさぎさん、起きてたんですか?」

大気さんが一瞬驚いた顔をして、そう聞いてきた。

―――大気さん。よかった。大気さん、ちゃんといた……。


う「ちょっと眠れなくて。ごめんね、起こしちゃって……」

時計の針は、夜の一時をとうに過ぎている。明日は休みだから、ゆっくり休んでてほしかったのに…。


大「いえ、私も眠れなくて。最近、いつもうさぎさんと一緒に寝てたからですかね。なかなか慣れなくて……」

だめですね、と大気さんが困った笑顔でそう言った。あたしは、この顔がどうしようもなく好きで好きで、たまらない。


う「あ、大気さんもホットミルクどうですか?リラックスできて安眠できるかも」

大「そうですね、もらいます」

あたしは、キッチンへと向かい、今度は大気さんのティーカップを用意して同じ要領でココアを入れた。

大気さんは、あたしの座るスペースを残して、ソファに座って待っていた。あたしはその隣に座り、大気さんにカップを差し出した。


う「どうぞ」

大「ありがとうございます。」


二人で同時に、ホットミルクを飲んだ。甘くて優しい味が、口の中に広がる。


大「――美味しいですね。凄く落ち着きます」

う「でしょ?あたしも落ち着く」

大気さんと飲んでるからだろうか。さっきよりもそのミルクはとても美味しく感じられた。


大「――実は今、夢を見たんです」

唐突に、話をそう切り出したのは大気さんだった。


う「夢……?」

大「はい。辺り一面、どこを見回しても真っ白で、うさぎさんの姿を探してるんです。ようやく見つけて、うさぎさんに触れようとしたら、地面がひび割れて離れ離れになってしまって…。そこで目が覚めました」

あたしと、同じような夢だ。びっくりだった。まさか二人で同じ日に同じような夢を見るなんて。


大「それから全く眠れなくて。自分の部屋にいると気持ちが押しつぶされそうになったので、リビングに移動しようとしたら……」

う「あたしが居たんだね」

大「はい。びっくりしました。まさか起きてると思わなかったので、私の夢を見透かされてるのかと」

う「それはこっちの台詞だよ」

あたしがそう言うと、大気さんは心外だと言わんばかりに、目を見開いていた。


う「あたしも夢を見たの。大気さんと同じような夢」

大「…そうなんですか?」

う「あたしは、真っ黒な世界で、大気さんを見つけました」

大「私と真逆、ですね」

う「そうなの。大気さん、すごく悲しそうな表情をしてて。あたしが大気さんの頬に触れたら、大気さんの体が薄くなって流れ星の様に上へと消えていったんです」

自分の右手を見る。まだ感触が残っているような気がして、その手を握りしめた。

すると、大気さんが何も言わずにあたしの右手を取って、ゆっくりと解していく。そのまま、あたしの右手を大気さん自身の頬に引き寄せるようにして持っていった。

その行動はまるで、壊れ物を扱うかのように優しかった。


大「大丈夫ですよ。私は、ずっとうさぎさんのそばにいます」

う「……大気さん」

大気さんの頬は、温かくて柔らかかった。それだけで、ほっとした。

大気さんは、いつもあたしの心を掴んで離さない。

あたしは、大気さんが掴んでいた右手を離して、そのまま首に腕をやり、そっと抱きしめた。

大気さんがあたしを安心させたように、あたしも大気さんを安心させたいと思ったから。


う「あたしも、ずっと大気さんのそばに居るよ」

大「――はい」

大気さんも、ほっしたように声を出して、あたしの背中に腕を回して優しく抱きしめ返してくれた。

しばらくハグをした後、あたし達はホットミルクを飲んだ。少し冷えたものの、やはり一口飲む度に心が温かくなる。

好きな人と飲むミルクは、とても美味しい。

最後の一口を、もう飲んでしまった。そろそろ、寝なければならない。いくら明日が休みでも、寝ないと…。


う「――大気さん、あの……」

大「私と一緒に寝てくれませんか?」

う「っ!!」


あたしが先に言おうとしたことを、大気さんがなんだか得意気な顔をして言ってしまった。


う「もうっ、先に言おうと思ってたのに」

大「ごめんなさい。でも、どうしても我慢できなくて」

くすくすと笑う大気さんは、子供のように無邪気で、可愛くて。

―――やっぱり、可愛いの前では全面降伏。服従するしかないんだ。


う「明日は、ずっと一緒にいてよね。そしたら、一緒に寝てあげる」

照れ隠しに、わざとそんな口調で言ってみる。

大「もちろんです。ずっと一緒にいましょう」

それに対して大気さんは、あたしの目をしっかり見てそう素直に伝えてくれた。全く、いつからこんなに目を逸らすことなく話せるようになったのかな。
前は、顔を赤く染めていたのに…。

う「大気さん」

大「はい」

う「――できれば手を繋いだまま、寝たい、な?」

大「ふふっ、はい。喜んで」

大気さんがいつもの柔らかい笑顔でそう答えて、あたしの手を取り、大気さんの自室に二人で向かった。



眠りについたあたしは、また夢を見た。
大気さんと手を繋いで楽しくデートしてる夢。



その横で大気さんも同じ夢を見てるだなんて、あたしは思いもしなかった。






END

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