大うさ
□ブレーキ
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久しぶりに休日が重なって、二人きりで過ごす午後。
今日はお出かけをせずに、大気さんが吹き替えで出演している洋画のDVDを鑑賞して、おうちでまったりデートをしていた。
映画館の大画面で観るのもいいけど、こうしておうちでゆっくり二人で観るのもいいなと思う。
ソファに二人で並んで腰掛け、手を繋いで、互いに寄り添うようにもたれ掛かる。
こんな姿勢は、映画館の狭い椅子じゃなかなか出来ない。
エンドロールが流れ、日本語吹き替え版のキャストの中に、大気光の名前を確認する。
2時間くらいのちょっと長めの映画だったけど、ドキドキハラハラのアクションシーンの連続で、飽きずに観ることができた。
そして、あたしが何より心奪われたのは、大気さんの演じるヒーローとヒロインとのラブシーン。
ちょっとワイルドなヒーローが囁く愛の言葉に、うっとりとしてしまった。
そういえば、大気さんがこういう役を演じるのを見るのは初めてだ。…声だけだけど。
テレビの電源を落とすと、あたしは大気さんに告げる。
感想を語り合うのも、二人でDVD鑑賞をしたあとの習慣だ。
う「大気さん!すごく面白かった。ストーリーも良かったし、大気さんの声がいつもと違う感じで、最初びっくりしたよ!」
大「変ではありませんでしたか?初めての声優業で、私のこれまで演じてきた役柄とは、180度違うタイプのヒーローだったんですが…。」
う「おかしくなんかなかったよ。大気さんの演技の幅の広さが分かって、すごいなって……。その……とってもドキドキしました//////」
あたしの言葉に、大気さんはクスリと笑う。
そして、あたしの顔を覗き込むと、次の瞬間には緩んでいた口元を引き結び、真剣な表情になった。
大「そうか…うさぎは、こういう声が好きか……」
う「ひゃっ!?」
さっきまでテレビから流れてきていた声が、目の前で再現される。
大「俺の胸の高鳴りが、分かるか?」
繋いだままだったあたしの手を持ち上げると、大気さんは自分の胸に当ててきた。
トクトクと心臓の鼓動を感じる。
大「数々の闘いをしてきて、 命の危機に瀕したときよりも、 お前と向かい合っているときの方が、この胸が高鳴る」
う「大気さん。あ、あの……//////」
大「このまま俺のものになれ。…俺にその身を委ねろ…。」
う「大気さん、ストップストップーー!!//////」
自分の頬が、みるみる上気して来るのを感じた。
”俺”とか”お前”とか、普段の大気さんなら絶対使わないちょっと乱暴な言葉。
でも、それもすごく魅力的。
役になりきってのことだって分かっているのに、ドキドキしてしまう。
大「おや?こういうのが好きじゃなかったのですか?」
どこか楽しそうな声音でそう言うと、大気さんは首を傾げた。
いつもの声に戻ってくれて、少しだけほっとする。
これで、あたしの心臓も落ち着くことができるだろう。
あたしが、大気さんのこういう攻撃に弱いことを知っていてやってくるのだから、本当にいじわるだ。
う「好きだよ。大気さんの声なら、どんなものでも……。でも、心臓に悪いよ////」
大「そうなんですか?」
大気さんは、あたしを引き寄せてきた。
そのままぎゅっと抱きしめられて、大気さんの胸にあたしの身体がぴったりと引っ付く体勢になった。
大「本当ですね。うさぎの心臓、すごくドキドキしています。」
今度は、耳元で大気さんの声が聞こえた。
こそばゆいようなムズムズする感覚が、身体の奥からわき上がってくる。
頬だけでなく、密着した身体が、かっと熱くなるのを感じた。
大「すみません。貴女の反応が可愛いから、つい遊んでしまいました。」
落ち着いたトーンの聞き慣れた声が、耳をくすぐる。
前言撤回。
いつもの声だからって、ほっと出来ないし、落ち着けない。
ドキドキは、ますます加速していく。
う「大気さん、いじわるしないでよ////」
あたしのつぶやきを聞くと、大気さんは抱きしめていた腕の力を緩め、お互いの顔が見られるように体勢を整えた。
眼鏡のレンズ越しに、大気さんの瞳が、あたしの顔を映しているのが分かる。
あたしの頬に、大気さんの指先が触れる様子も、その瞳にはっきりと映っている。
大「まさか、私がその身で体験することになるとは思わなかったです。」
う「え?」
あたしが首を傾げた瞬間、大気さんの唇があたしの唇に掠めるように触れた。
う「っん!」
不意打ちのキスに、思わずあたしの身体がびくりと震えた。
そんなあたしの姿を眺めつつ、大気さんはすっと目を細める。
大「男の子は好きな女の子にいじわるをするって話。それって子供だけの話だと思っていました。」
う「……いじわる?」
大「そうです……。」
そこで、もう一度キス。
今度は、あたしの唇の感触を確かめるかのような、さっきよりも少し長めのもの。
う「ふぁ……」
唇が離れると同時に、ため息がこぼれてしまった。
自分の声ながら、それが残念そうな響きを帯びていることに気づいて、あたしは恥ずかしくて目を逸らした。
大「ほら。貴女がそんな風だから、ついいじわるをしたくなるのです。」
う「どんな風ですか?」
大「可愛いんです。だから、もっと見たくる。私の声やキスで感じている、貴女の可愛らしい姿をね」
う「か、可愛いだなんて……////」
せっかく目を逸らしてしたのに、頬を手のひらに包まれ、大気さんの方を向けさせられた。
大「無論、私としてはいじわるをしているつもりは全くないんですが、貴女がいじわるだって何度も言うから、そうなのかなっと……。」
笑いながら語る大気さんの瞳が、潤んでいる。
その瞳がすごく色っぽいから直視できなくて、あたしはそっと目を閉じた。
そのまま、また二人の唇が重なった。
でも、さっきまでのかわいらしいキスとは違う。
唇だけでなく、深いところまで探り合うオトナのキス。
大「……ん……」
キスの合間に、大気さんの喉からも、吐息混じりの声が零れた。
ドラマや映画や舞台の演技で、大気さんはたくさんの声を聞かせてくれる。
でも、素の大気さんのこんな声を聞くことができるのは、あたしだけ。
贅沢な幸福感に支配されながら、とろけるようなキスで、あたしの力は抜けていってしまう。
気づいたらソファの上に押し倒されて、大気さんの貪るようなキスを受け止めていた。