夜うさ
□真夜中の訪問者
1ページ/1ページ
ベッドの中で穏やかに寝息を立てていたうさぎの耳が、微かなチャイムの音を捉えた。覚醒しようとする意識と、このまま寝ていたいという意識がぶつかるようにして、うさぎの眉間に皺が刻まれる。
う「う、ん……」
唸りながら体を反転させて、うさぎは枕に顔を埋めた。深く息を吐いて眠りへと落ちようとした時、再度チャイムが響く。
う「んー……」
ぼやけたままの意識はそれを無視しようとするのだが、まるでそれを読んだかのように再びチャイムが鳴らされる。しかも続けて3回も。
う「え、な、なに……?;」
これには流石に目が覚めて、うさぎは慌てて体を起こした。枕元に置いてある時計に目をやれば、今は夜中の2時過ぎだった。こんな時間に誰かが部屋を訪れるなんて、ありえない…。今日は両親も弟も居なくて、うさぎ一人。
途端に不安になったうさぎを焦らすように、チャイムが鳴り響く。
う「…ど、泥棒じゃないよねぇ;」
まず泥棒がチャイムを鳴らす訳ないのだが、うさぎの頭は混乱状態。
とりあえずうさぎはそっと玄関に向かう。覗き穴を覗くも誰も居ない。そしてうさぎは何を思ったのかドアを開けた。
う「むぐっ……!?」
「遅い」
う「んーんーっ」
ドアを開いた瞬間、いきなり口を手で覆われてうさぎは目を白黒させた。真夜中の訪問者は不機嫌そうな声を落として、強引に部屋へと身を滑り込ませて来た。カチリと鍵を閉める音がやけに大きく聞こえて、うさぎは体を固くする。
こわい、だれ、どうして。
混乱する思考が渦を巻く。
う「……ふ、くくっ……」
体を固くしたままのうさぎの耳に飛び込んできたのは、小さな笑い声。しかもよく耳にする、からかいを含んだ笑い声。
うさぎはゆっくりと目を上げて、未だに至近距離にいる誰かをじっと見つめた。
まだ口は覆われたままで、モゴモゴと呟く。
う「や、てんくん?」
夜「正解」
パチンという音と共に電気がついて、部屋を明るく照らす。光に目が眩んだこと、訪問者が夜天だったことがわかって、へなへなとうさぎの足から力が抜けた。
夜「ちょっとしっかりしてよ。情けないなぁ」
う「だ、誰のせいよっ……! そんなことよりどうしたの? なにかあったの? こんな時間に……」
夜「ーー何かないと会いに来ちゃいけない?」
座り込んだうさぎを追うように夜天もしゃがみこみ、そしてうさぎの肩に顔を埋めた。突然の甘えるような仕草に困惑する。
けれど突き放すようなことは出来なかった。おずおずと夜天の背中に腕を回して、右手でそっと頭を撫でてみる。
芸能活動をしている夜天はとても忙しく飛び回っていて、家に帰って来ないことも多い。深夜に帰宅なんてことは普通だ。ここしばらく会っていなかった夜天が目の前にいるという事実に、胸が熱くなった。
夜「ーー僕、子供じゃないんだけど。普通こんな夜中に男が訪ねて来て抱き付いて来たら、突き飛ばすもんでしょ?」
相変わらずのひねくれた物言いにうさぎは小さく笑って、背中に回していた腕に力を込めた。
まるですがるかのように夜天の手がうさぎのパジャマを掴む。
う「突き飛ばしてほしいの?」
夜「……むかつく。なにその余裕」
唸るように呟いて、けれど夜天はうさぎから離れようとはしなかった。首筋に顔を埋めてくる彼をチラリと見て、うさぎは小さく笑みをこぼす。宥めるように背中をポンポンと叩く。
う「…お疲れ様」
夜「……」
う「会いに来てくれて嬉しい。」
夜「別に……アンタの為じゃない。僕が……」
夜天は大きく息を吐き出すと、顔を上げて口角をつり上げた。覗き込まれるように見つめられると、途端に鼓動が早くなっていく。
ゆっくりと近付いてくる夜天の唇を受け入れるように目を閉じる。
夜「……く、ははっ」
う「……え?」
ーーが、唇はいつまで経っても触れ合うことはなく、それどころか笑い声が聞こえてきた。目を開ければ肩を震わす夜天がいて、その顔は俯きがちに横を向いている。
う「な、なによ?」
夜「だって、うさぎ寝癖酷いから…。ムードもへったくれもないよ(笑)」
う「なっ////……だ、だって仕方ないでしょ! あたし寝てたんだから。だいたい今何時だと思って……!」
言葉は途中で遮られた。夜天の口内に。すぐに離れた唇が空気に触れて微かに震えた。
夜「朝までなんて我慢できると思ってるわけ?」
う「っ……////」
真っ直ぐに見つめられてしまうと反論なんて出来なくて、うさぎは目元を赤く染めて軽く俯いた。無意識に手が乱れた髪へと伸びて、手櫛で整える。そんなうさぎの様子に夜天はまた笑うと、そっと手に手を重ねてきた。乱れた髪を梳く自分と夜天の手が、更にうさぎの頬を熱くしていく。
夜「髪型なんかどうでもいいよ。寝癖ついててもうさぎはかわいいから」
う「……笑ってから言われても説得力ないわよ……」
夜「ふーん? じゃあ態度で示してあげるよ。うさぎにもわかりやすくね」
う「いらないっ」
ぐっとのし掛かるように身を乗り出す夜天に、うさぎは慌てて逃げようと腰を上げる。けれどいつの間にか腰に回されていた彼の腕が、それを許してくれるわけもなく。巻き込まれるようにうさぎは夜天に押し倒されてしまう。
床に広がるうさぎの髪を指に絡ませながら、夜天は瞳を細めて笑った。
その眼差しがあまりに艶かしくて、心臓が口から飛び出そうな程に高鳴る。
夜天は男の子なのに、どうしてこんなにも色気があるのか。
色気とは無縁の自分を思うと居たたまれなくなるが、今はそんなことを考えている場合ではなくて…。
軽くパニックになりながら、うさぎは夜天の下から這い出そうと俯せの態勢になる。
夜「……ねえ、それって、もしかして誘ってるの?寂しかったから構ってて、サイン?」
どうしてそうなるの!?、 と思う間もなく、項に吐息が触れてうさぎはビクリと体を震わせた。触れる唇から漏れる息で夜天が笑っているのがわかる。
夜「僕に背中を見せるとかさ……それってつまり、僕がなにをしてもいいってことだよね?」
う「ちがっ……」
夜「期待に応えてあげるよ? かわいいうさぎの為だし」
う「だから違うっ……!」
夜 「……って言いたいとこだけど、僕ほんと疲れてるんだよね。だから今は……」
チリッとした鈍い痛みにうさぎは息を呑む。項に吸い付かれたのだ。多分きっとそこは赤く色付いてしまっていて。
夜「これで我慢してよ」
そう満足げに囁いた夜天が、うさぎの上から退く。
慌てて起き上がったうさぎは項を手で押さえながら、頬をこれ以上はないという程に真っ赤に染めた。
夜「ふあ……ねむ」
声にならない悲鳴を上げるうさぎとは対照的に、夜天は小さくアクビをすると何故か2階に上がっていく。てっきり帰るのかと思ったのに。
う「夜天くん! 眠いなら自分の家に帰らないと……」
夜「無理。もう歩けないし。おやすみ」
う「ちょ、ちょっと……!」
そう言って夜天はつい先程までうさぎが寝ていたベッドへと倒れ込む。
う「夜天くんがそこで寝たらあたしはどこで寝たらいいのよっ!」
夜「一緒に寝ればいいじゃん」
う「えっ……や、ちょっとっ!?」
ぐいっと腕を引かれたうさぎは夜天の横に倒れ込み、そのまま身動きが出来なくなってしまう。
すかさず夜天の腕が体に回されたからなのだが、力は全く入っていない。
だから逃げようと思えば多分簡単に逃げられる。それなのに体が動かないのは、夜天があまりに穏やかな表情を浮かべていたからだ。
夜「……なんで僕が仕事終わってうさぎのとこに来たのか察してよね…。」
う「……」
拗ねたように呟く夜天の目元がうっすらと赤く染まっていたのは、気のせいだろうか。
うさぎも目元を赤く染めて、大人しく夜天の隣に横になった。嬉しそうに微かな吐息を漏らした夜天と自分に布団を掛け直しながら、うさぎは心底思う。
ルナが今この場にいなくて本当によかったと。ルナは夜天の事は好きだが、うさぎを守る為ならいくら相手が夜天でも容赦ない。
今日はアルテミスの所へ泊まってくれてて良かった。
夜天の温もりに包まれると、自分がどれだけ彼に会いたかったのか、よくわかる。せめて朝まではこのままでいたいと強く思う。
うさぎは甘えるように夜天の胸元に顔を埋めて、そっと目を閉じた。
いい夢が見れますように……。
END