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□桜舞1
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「ねーヴォルフラム。あとどのくらい?」
「この林を抜けたらだ。そんなに歩いてはいないはずだが疲れたのかグレタ?」
「んー、グレタへーき。気になっただけ!」
「そうか…偉いぞ、流石ぼくとユーリの娘だ」
桜舞1
長い冬が漸く幕を閉じた。
まだ朝方や夜にはかなり冷え込むが、太陽の柔らかな日差しが心地よく降り注ぎ、新たな芽吹きが始まる…そんな眞魔国の春の季節がやってきた。
暖かくて優しい季節だ。
「グレタは初めて見るんだったな」
「うん!アニシナの本には書いてあったから知ってるけど本当は見たことがないからグレタ楽しみなの!!」
「沢山咲いているといいな」
「うん!」
この微笑ましい娘を連れて、今日は散歩に来ている。
血盟城の裏手の坂道を手を繋いで、色んなことを話して、のんびりと歩き続けた。
ぎゅっと握ってくる娘の手は相変わらず小さくて、あの木はなぁに?あそこに花が咲いてるよ?と、指を指しては問うてくる。
きっと眞魔国の春は初めてだから、目にする木々等が人間の国のものとは違って興味深いのだろう。
そんな小さな出来事の一つ一つが微笑ましくて、時間を掛けてゆっくり、ゆっくりと足を進めた。
「グレタ、この茂みの向こうだ」
「ほんと!?」
小さな手がスルリと抜けた。
思い切り駆け出したグレタが茂みの向こうに隠れた途端、聞こえたのは歓声。
「わぁあ!すっごーい!!ヴォルフラムも早く来て!スゴい、スゴーイ!!」
早く早くと急かす明るい声の元へ向かい茂みを潜った瞬間…
眩しい陽光に思わず目を細めた。
「…嗚呼、本当に綺麗だ」
太陽の光をその水面に照らして、輝く湖が一面に広がっている。
元々から穴場として知ってはいたが、この時期だけの特別な風流…
「グレタ、これがサクラだぞ」
「さーくーら、かわいー!ほらヴォルフラム。あそこ花びらがたくさん落ちて海みたいになってるよ!キレー!サクラのみずうみだね!」
「強風でサクラが沢山舞っているだろう、ユーリがあれを『サクラ風吹』なのだと言っていた」
それは嬉しそうに、あの双黒はサクラについていろいろ教えてくれたのだ。
ところが、同じ様に娘に伝えたが、肝心の娘が急に肩を落して袖を掴んできた。
「どうしたんだ、グレタ。楽しくないのか?」
「ううん、楽しいよ。でもね、ユーリがいっしょだったらもっと楽しかったんだろうなってグレタ思って…」
あぁ、お前は本当に娘泣かせな奴だ。
「ユーリに会いたいのか?」
「ヴォルフラムはユーリがいなくて寂しくないの?」
「そんなことはない。ぼくだって寂しいさ」
いつだってお前が居ないと、どんな光もまるで幕が一枚被ったように鮮明さに欠けるのだから。
「さぁグレタ、サクラの木下で。お昼にしよう」
「うん!あのね、グウェンと作った焼き菓子もあるんだよ!!」
「それは楽しみだな。後でユーリにも自慢してやろう。あいつの事だ、きっとグレタの手作りが食べれなくて悔しがるに違いない」
「でもそうしたらグレタまたすぐ作れるよ?」
「そうじゃないんだ、グレタ」
頭に疑問符を浮かべた娘の側に膝を付いて、誰もいないのにあえて耳元に手を添えてこう囁いた。
擽ったそうに笑ったグレタが納得顔でうん、と大きく首を縦に振る。
そんな仕草に満足して、再び歩き始めたグレタの後ろをゆっくりと追った。
「一緒ではないとグレタの焼き菓子が食べれないと知れば、お前の父上はこんな時に地球に戻ったりはしないだろう?」
そうだろう、へなちょこ。
大事な娘の篭った愛をお前が食べれず悔しがらない筈はない。
後悔する前に戻って来ればいいのに、約束を破るからこうなるんだ。
あの時の様に見事なサクラだ。
羨ましいと思うなら……
「早く戻って来い、ユーリ」
最愛の愛娘と婚約者が此処にいるぞ。
お前の居場所は、此処なのだから。
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