text
□薄闇のひととき wolfram ver,
1ページ/1ページ
髪の間を、何かが流れて行く。
暖かい馴染みのある、これは――…?
『薄闇のひととき』 wolfram ver,
瞼が重い。
ぼくはゆっくりと時間を掛けながら瞼を少しずつ持ち上げた。
うっすらと開いた先はまだ薄暗く、静かだ。
恐らく、まだ夜明け前なのだろう。
もう一度寝直そうと思い目を閉じかけたのだが、その時髪に軽く載せられた重みにそれは阻まれた。
(ユーリだろうか。…しかし何故こんな時間に?)
手の動きは緩やかで、ただひたすらに髪を優しく梳いていく。
声を掛けようかと思ったのだが、なんだかその行為があまりにも心地良くて…
もう少し位この時間を楽しんでいるのも悪くないと何も言わずにされるが儘になっていた。
そうして放っていると、暫くして髪から降りてきた手がぼくの頬に添えられた。
ひんやりとした冷たい手だ。
まったく、一体いつからこんな事をしていたのか…
これは後で一言云わねばならない。
ぎこちなく頬を撫でてくる。少しずつ、何度も。
「――…ん、」
それが段々くすぐったくなってきて、思わず声が洩れてしまった。
しまった、とも思ったが…同時にどんな反応をしてくれるのかも気になった…
悪趣味だと云われそうだが、好きな者の仕草ならどんなものだって知りたいと考えるのは当たり前の事だろう…?
ぼくの想像通りに、驚いたのだろう…軽く跳ねた指先が頬からそっと離れた。
その喪失感に後悔をし始めていたのだが、暫くして指はまた吸い付くようにぼくの元へと戻ってきた。
ぼくを起こさない様に……
そっと、
そうっと…
ただ純粋に愛しいと思った。
想っているのはこちらだけではないのだと、そう教えられている様で…
自惚れても良いのだろうかと甘い気分に陥ってしまう。
ところが、
(どう、したんだ……?)
衣擦れの音がして隣の重さが減っていく。
何処かへ行ってしまうのではないかと急な不安に襲われる。
ぼくは慌てて目を開いて、だが結果的にはそのまま見開く事となった。
(ッ…ユーリ何をして!!?)
心臓が飛び出るかと思った。
開いた視界の先は何も見えない。
一面、同色。
周りが暗いから判りにくいが、これはユーリの寝間着の色だった筈…
遠くへ行くのかと思った存在が、なんと目の前に現れたのだ。
何故こんな近くに来たのかと云う答えは、直ぐに返ってきた。
「……起きんなよ、ヴォルフ」
囁く様に呟いたユーリの唇が、ぼくの額に落ちてきた。
一度目は髪の上から…
物足りないと云うように優しくだが手早く、髪を払ってさっきよりも熱く長く伝えて来たのは二度目。
起きるなと云われても、既に起きているのだからどうしろというのか…
「ん……ヴォルフ…」
ぼくの肩に手を置いてまるでしがみつくかのように抱き付いてきた。
意外なその行動の一つ一つに戸惑ってしまう。
それとも単に、今までのぼくは知らなかっただけで、
本当はこんなにも素直なのだろうか…
そしてまるで誘われるかの様に…
ぼくの唇に柔らかく、熱を含んだユーリの唇が触れて……―、
もう、限界だった。
離れかけたユーリを逃さないと云うように深く自分のを這わせる。
「ん、……っン!!?」
上がりかけた頭も、気付かれないよう回していた腕でしっかりと捉えた。
逃がすと思っているのか?
このぼくが。
「ッルフ……、ま…待っ…ン」
口付けの合間から縋る様な声が上がりそれがまたぼくを煽る。
とろけそうなほど柔かいその熱に、何度も角度を変えては想いをぶつけた。
強く、でも優しく…
この可愛らしい双黒は今頃状況を掴めきれない程必死になっているに違いない。
そう思うだけでまた理性は衝撃に震え、愛しさに激しさが一層増していく。
唇からは水音が絶え間なく紡がれ、その端からは飲みきれなかった水滴が零れ落ちていった。
どの位そうしていたのか…
いつの間にかただ受け入れることに精一杯だったユーリが酸素不足を訴え、ぼくの体を必死に叩いていた。
名残惜しいが仕方なく放してやる。
銀色の糸が暗い部屋で細く輝くのを見て、ぼくは満足気に、ユーリはぼくにも解る程見る間に真っ赤になった。
荒い息を整えようとして、しがみついてくる。
そんな一つ一つの動作が可愛らしいのだから…
本当、堪らない。
「襲ってくれるとは…随分と大胆になったものだなユーリ」
「ちっ、違!ぉ、おれは…別に……//」
「違うのか?では大胆な誘い方、だったのか?」
「ッ違うっつの!!…なんでお前はいつもそうやってッ……―」
掴みかかってくるのはいつもの事だ…
だが、
「どうした。…何かあったか?」
「ぇ……」
気付けば口が先に出ていた。
何がそう感じたのか解らない。
今までの雰囲気に全くそぐわないその発言は、唯の直感だった。
然し、ユーリの息を呑む声が聞こえて、間違いでは無かったのだと確信する。
ぼくは思わず手を伸ばして、柔らかな頬を包み込んだ。
「大丈夫だ。ぼくが傍に居てやるから…」
不安そうだったから。
ユーリに何が起こっているかも解らないが、こんな言葉でも慰めになればいいと思っただけだ。
すると驚いたようにぼくを見たユーリは、次の瞬間小さく頷いて…
珍しくも自ら手を絡めては頬を擦り寄せてきた。
なんと妖艶で魅惑的なんだろう…
その姿に魅入られてしまう。
「本当にどうしたんだ。今夜は随分と可愛いじゃないか」
「うるさいな、…こ、こんな日があったって良いだろ」
そう照れては下を向く。
寧ろ毎晩でも構わないんだが。
「…お前今変な事考えただろ」
「何故そう思う」
気付かれた様だ。
大体、何考えてんのか位おれにだってわかんだよ!!有り得ない、からな!!
理不尽そうに非難の声を漏らして、そう言う。
ぼくの思考も単純になったものだ。
唯単純に好き。
こんな気持ちを誰かに、そしてこんなに鮮明に想うなんて今までは予想もしなかったのに。
それもこれも全て、
この双黒のせいだ。
「何笑ってんだよ!気持ち悪い…」
「あぁ、ぼくの婚約者は本当に可愛いな、と思ってな」
「なッ!!こんな時にわざわざ婚約者なんて言うな!!そ、それから可愛いに至っては意味わかんねーから」
「へなちょこにはまだ解るまい」
「へッ!へなちょこゆーな!!」
そうだ。到底解るまい。
どれ程溢れそうになる想いがぼくの中で積もっているのかを…
消えるだろうと思っていたのに、ユーリが全体重をかけてこちらにのしかかってきた。
掻き消えそうな程、小さな声。
「……でもそう言われるのは、キライ…じゃ、ない」
「…ッ、言葉に責任を持てよユーリ」
そうやってお前はいつでも破壊してくるのだから達が悪いとぼくはいつも言っているのに。
(今夜はもう眠れそうにないな。)
そう結論付けて、ぼくはこれから愛し合うべく大事な恋人に手を伸ばした。
夜が明けるまでまだ、時間はある。
「愛してるぞ、ユーリ…」