Love Story

□I thought he was my only person.3
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「ヴォルフラム、此方がこれからお前の婚約者となる朝倉 優姫嬢だ」

「ぉ、叔父上!!?」

「日本から来られたそうな、この世界には初めて出席されたらしい。唯でさえ異国の地なのだ。解らない所はお前が気を遣って差し上げなさい」

「お待ち下さい叔父上!!これは一体!……いえそれ以前に約束が違うではありませんかっ!!」

「黙れヴォルフラム。朝倉殿や優姫嬢の前で恥ずかしくはないのか。反論は赦さない。解ったなら朝倉嬢を庭園へご案内して来なさい」

「叔父上っ!!」

「同じ事を尚言わせるか!!!」

「っ………」










な、何を話しているのかしら…

母国語なのだろう、さすがにこの言語はまだ会話程度にしか解らない。
なのに流暢にペラペラと繰り広げられる叔父甥会話からはその雰囲気しか伝わってこなかった。



とりあえず、宜しくは思われていないらしい…




今までと違うイメージが定着しつつある目の前のヴォルフラムの姿をぼーっと眺めながらそんな事を感じていたら、…どうやら話しは纏まった様だ。
ヴァルトラーナがにこやかに向き直った。


な、なにかしら…営業スマイル的な?
この人結構黒いかもしれない、用心すべきかしら…



ヴァルトラーナの影になってあんまりよく見えなかったが、彼はすこぶる不満そうだ。
大方、状況が私と同じなんだろう。



さて、どうするかな。
横の父様は私の顔色窺ってるし……仕方もない、お祖父様の命令による立ち会いなら父様は逆らえない訳だし、……命令である以上お祖父様は私を彼と婚約させたいのよね?
日本の朝倉、世界の朝倉事業になりつつ在る今、叔父のヴァルトラーナにとってもこの婚約者はメリットが大きい筈。

問題は目の前のプリンスと………





(私の心次第ってとこね…)


あまり関係ないかもしれないでしょうけど。



「せっかくの若い二人の邪魔をするのは不謹慎でしょうから」


なんて昔のお見合い宜しく気の利いたつもりの台詞を口にしたのは父さまではなく彼の叔父と名乗るヴァルトラーナの方だった。


「優姫嬢、失礼な物言いをするかもしれませんがどうぞご容赦を」

「いえ、…そんな」

「で、では優姫。私はこれからフォンビーレフェルト郷と大切な商談があるから、ヴォルフラム君?優姫を宜しくお願いしますね」

「はい、では御二人共失礼致します」


朝倉嬢、こちらへ…

そう流暢な言葉で手を差し出されて正直ドキドキしながらその手に自分のを重ねた。そのまま促されて父様たちとは反対方向に足を向ける。

さっきまで声を荒げかけていた様子とは全く違ってそのテーションの変化に少し圧倒というか…違和感を、感じた。




だって場所が場所といえど、この人はまだ一度もちゃんと笑ってない。

叔父のヴァルトラーナは終始ニコニコしてたけど…
昔みた彼の横顔はそれは輝く程に優しく微笑んでいた。


それは、………あいつの傍だったから?



……っ


重ねてない方の手に、思わず力が籠もった。










「……何処にいくのですか?」

「庭園を御案内する」

「そう、ですか」



何処へ連れられるか不明なままのうちにバルコニーへ続くドアを開けて再び促された。
流石に気になって話してみたら、たった一言素っ気ない返事。



さっきまでの紳士的な行動は…やっぱり教育というか、マナーというか……
叔父の手間仕方なくだろう。


まるでそうだと裏付けるように…
会場内で差し出されていた手はバルコニーに出た途端呆気なく解かれた。


なんとなくだけど。
……わからない私じゃないわよ。
さて、どうしようかな。

とりあえず話し掛けてみよう。
このままじゃ、向こうから…は有り得なさそうだから。



「日本語は、話せますか?」

「……ああ」


おっと好感触。
無視予想だったんだけど。


「素晴らしいお庭ですね、御説明は戴けませんの?」

「そんな必要はない。それから、ぼくは媚びを売る女は大嫌いだが、猫かぶりな女はより軽蔑に値すると思っている」


へぇ―。日本語が達者なのね。


「手厳しいのね。礼儀のつもりだったんだけど?」

「ふん、まだその方が幾分ましな様だな」


まるで…というかそうなんでしょうけど。ヴォルフラムは短く鼻で笑ってそう言葉を返してきた。

こちらも、無視を決め込まれるよりはずっといい。


「長話をするつもりはない。はっきり言わせて貰う」


そうでしょうとも。


「お前と婚約を結ぶ気は全くない。お前とてその様子だと知らずに連れてこられたのだろう。初めての舞踏会早々忙しい事だな」

「お祖父様の悪口なら黙ってられないわ」

「心配無用だ、その気すらない」



此処まで雰囲気が違うと本当にこれはあの人なのかと疑いたくなる。
あの愛しそうに眺めていた優しさの欠片も見つからない。
これはもう…別人すぎる。


「どちらかと言えばそちらからお断り戴いた方が良いのだが…そちらにも名誉だの何だのあるだろう」

「それは貴族である貴方の方じゃないの?」

「それはそうだが別の問題点で時間が掛かる」


ふーん。別問題、か。


「叔父様は了承してくれないだろう、って?」

「関係のないことだ」

「関係なくないでしょ?私はあなたの婚約者候補よ?」


鋭い視線が掛かるけど気にも掛けなかった。
だってお祖父様に比べれば睨まれたって怖くないし。

それに当たってるでしょ。


「………何が言いたい」

「婚約は破棄しない」

「なんだと」


意外にも、すっと自分の言葉が出てきた。
本当に婚約したいとかいう意志なんかじゃなくて流れというか、切り返しというか。
でも言葉にして確信した。

婚約?…良いんじゃない?



それにこの人を見る度思い出す。
あの時あいつだけに向けて零れたとびきりの笑顔。

私に向けて欲しいって思うじゃない。


あいつなんかに…渡したくないって思うじゃない。


「私、貴方と婚約するわ」

「何か勘違いしてる様だ。ぼくはお前の婚約者になる気など更々ない」

「でも婚約前提のお見合いでしょこれ」

「お見合いなら断る権利もある筈だが?」

「貴方の叔父様をみると許されるとは思えないわね」


堂々巡りの言い合いだ。
どちらが負けるのか。
でも負けないわよ。私は天下の優姫様だもの。
欲しいものは必ず手に入れるの。


「結構だ。お前とだと話にならない。叔父上の恥になろうが直接宣言すれば相手方も辞めざるを得ないだろうからな」


そう固く告げてバルコニーから会場に戻ろうと背を向けて歩いていく。


そうね。埒があかない。

でも、ね。


「私と別れたら貴方、後悔するわよ」


思い切り強調した後悔の単語がどれだけ影響してくれるだろう。
これを逃したらと思う焦燥とゲームみたいな駆け引きにぞくぞくした。


「何に。悪いがお前みたいな女がぼくの障害になるとは思えない」


随分な事、言うじゃない。


「日本語上手ですね?留学でもしてたんですか?」

「…、お前には何の関係も…」

「私と婚約を結んだら、日本に来れるよう貴方の叔父様と交渉できます」


貴方さえよければ日本の学校にもう一度留学に来たらいいじゃないですか。

婚約者と過ごす為なんだもの。
貴方の叔父様も許可してくれる。
そうでしょう?


苦しげな表情。
半分は賭け。話が釣れるかは運次第。


「お前の婚約者として日本へ戻る等愚かな真似は出来ないな。お前なんか、御免だ」

「貴方ってわからない人ね」

「何…?」


不機嫌を隠しもしないその声が驚きに変わる瞬間って…



「『渋谷 有利』に会わせてあげるって言ってるんだけど?」


息を呑んで目を見開いて私だけを見るの………あぁ堪んない。


「………なん、だと…?」

「残念だけど大事な事は一度しか言わない主義なのよ」

「貴様、何者なんだ」


険のある声に更に棘が刺さってるみたい。


「何者も何も…」


可笑し過ぎて静かな夜空に声が響いた。


見てなさいユーリ。きっとあの幸せそうな笑顔を私の手で歪めてみせるんだから。


「私は貴方の未来の婚約者よ」


落ちていく、落ちてくる。
他の誰でもない彼が。
私の手のなかに。




それが分かる気がした。





I thought he was my only person. …fin.

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