Love Story

□side story Love Letter
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『誰も…いない、よな?』



甘酸っぱい日々…




カタ…


『あった。今日の…』

おれ宛のソレに小さく満足して、おれは教室へと足を向けた。





Love story 〜side〜


【Love Letter】








…ガラガラガラ



しん、とした教室には誰もいない。
そんな時間にくるのがいつの間にかの日課になっていた。

『よっしゃ、一番乗り』


ズンズンと窓側の自分の席へと足を進めて自分の左肩に掛けたバッグだけを机に置いた。




席には座らない。
そのまま教室をでる。
向かった先は学校で一番高い場所で、錆びた扉を思い切り開けたら飛び込んできた眩しすぎる太陽の光線に思わず持っていた其れで目を塞いだ。


『はは、今日も良い天気だ!』


これでもまだ太陽は登りきってはないから気温も暑くなく丁度良い。
定位置となった屋上の真ん中におれは躊躇いもなく体を投げ出した。



そのまま背伸びをして体を解す。



眩しい太陽、
まだ静かな学校…



『う―――ん、今日も気持ち―なッテて、』



上に伸ばした手から持ってたのが落ちておれの視界を塞いだ。




『……………』




今日はなんだろ、
なんて書いてんだろ…



下駄箱で見つけてのドキドキした感覚を思い出して、
おれはそれまで上向きだった体を勢い良く180度回転させた。






其れは見慣れた白い無地の封筒だった。



表面には唯一言、端正で美しい字で『今日のユーリへ』とだけ書かれている。




逸る気持ちを抑えつけておれは封筒を裏返した。それからビリビリと糊付けされたのを極力丁寧に剥がしていく。


宛先はなかった、
でもそれが『誰から』かをおれはちゃんと知ってる。











《ユーリへ……―――》














『…相変わらずこっぱずかしー奴』




手紙を読み終えたおれはそのままきっちりと折られた折り目通りに手紙を畳んで、
目隠し代わりに手紙を目元に被せた。




決して毎日手紙が入ってる訳ではない。
でも暇が出来ればいつも同じ封筒に、端正な字で書かれた手紙をおれの下駄箱に入れて行ってくれる。

内容は主に最近の出来事やおれはどうしているのかなどと言ったなんでもない事と…



(か、必ず書いてくるんだよな…)



そこにはおれへの気持ちが毎回添えられてくる。
驚くのはその文才で、よくもまあこれだけ言葉のレパートリーがあるんだなと関心する程あいつは、……ヴォルフラムは、巧みに想いを言葉に載せてくる。


(そろそろおれも返事書かなきゃな―)
対するおれはどうなのかというと…、
そんな才能なんてこれっぽっちも持っていない訳で……



貰いっぱなしは申し訳ないからおれの書ける時に頭を捻らせて文章を考えている状態だ。
でも、例えどれほど下手な文章だってあいつが呆れたことはなかった。
寧ろそう言った次にはこの手紙は砂糖で構成されてるんじゃないかって位、凝った返事が返されてくる。
毎回毎回読むこっちにしてみりゃ恥ずかし過ぎてどうにかなりそうなのに、
それ以上なんだもんな…、なんて思いが頭を掠めた。
恥ずかしいというより、身悶えする衝動に駆られる。…なんていうか、余りにもこう、甘………過ぎて。


昔からずっと一緒だった。
言ってみれば庶民平凡家庭で只の野球小僧に育ったのに、
どんだけ泥んこまみれなおれに出くわしても、あの昔から王子様みたいに容姿の整った、見るからに世界の違さそうなあいつは…
一度も嫌がりもせずにおれの顔についた泥を払っては心配そうにしていた。
怪我だけはするな、といつも言ってくれて…



おれにとってもあいつが大事で…
そんな淡い気持ちが恋に変わったのは一体いつだったのか。
思えども思えども、気持ちは溢れてくるばかりで、
でもそんなことを口で伝えるには恥ずかしすぎて……
そんなおれに対して、その真逆なのがあいつだった。
直ぐに伝えようとしてくる。
おれはそれがもう堪らなくて…


やめてくれと半ば泣き縋った次の日から、こういう形に姿を変えた。
や、まぁ…それでも偶に言葉で伝えようとしてくるのだけど。
本人曰わく、想いが、その…こ、零れそうになるときがある……らしい。


『ぉ、おれはしがない野球小僧だっつの』


そう、小僧…つまりおれは男。あいつも男だ。
数えきれない位の背徳感に襲われて…、それでも、もう冗談じゃ隠せない所まで 自分の想いが来てるのも事実なんだ。


……事実、なんだ。













いつの間にそんな時間が経ったのだろう。
予鈴を示すチャイムが学校中に木霊した。此処にいると教室よりも大きな音が響いて聞こえるから…だからいつも時間というものを感じさせられる。


あいつの時間とおれの時間。
あとどれくらいならずっと傍に居られるんだろう…?
そりゃあ、ずっと一緒にいられるならそれに越したことはないんだけど…

でも、なんだろう…最近ずっと考えてた…そうはいかない気がするんだ。



『…戻ろ』


寝転がってた体を起こしたら、少しだけ気持ちのいい空に近づいた気がした。
背中についた汚れを払って、今日の手紙を封筒に戻して、
もうとっくに来てるだろうあいつの居る教室に向かうべく屋上の扉を開けた。






もし、ヴォルフとの時間に終わりが来たらおれはどうすんだろう…?
嫌だと叫ぶ?傍にいろよと縋る?


……いや、きっとそうはならない。
受け入れるしかないんだろう。あいつが決めたことなら尚の事、おれが否定するなんて出来る訳がない。

ずっと一緒にいたい。
ヴォルフは大切だ。

大切だから、あいつが望むことを理解してやりたい……


頭ではちゃんと分かってるんだ。
分かってる。分かってるさ…
分かってるのに……


分かっているのに………








…そうだ、おれはおれを分かってる。
理解してもきっとおれは耐えられないってことも………





『朝から何を呆けている』

『ぁ、……ヴォルフ』



教室の扉の前で、なんとなく入るか躊躇っていたら、突然後ろから声が掛かった。
振り向いた先に映ったのは朝から不機嫌そうに眇められた、おれの好きな瞳の色。


『今日はいつもよりずっと遅かったぞ。学校に早く来ているなら早く教室にも戻ってこい』

『ご、ごめん』

『まったく、ユーリはいつもそうだ。…ぼくは朝練を終えたら直ぐに戻るようにしているのに、肝心のお前が居なくては意味がないだろう』

『………わり。明日は早く戻るよ』

『当たり前だ。ぼくが居るのだからな』

『はいはい』


変わらない日常。暖かいからいつもは気付けないけど。
きっと、同じ時がずっと続く、なんて無いんだ。おれもヴォルフも今のままではいられなくなる。


(だったら)


今、…傍に立っていられる今この瞬間をもっと大事にしたい。
忘れない様に過ごす時間を刻んでいきたい。



そうすれば…きっと……
きっと今よりはずっと、


『何かいったか、ユーリ?』

『いや、何でもないよ。それよりさ、ヴォルフラム…』


その為に今のおれに出来る事。その答えならすぐに分かる。


『これ、ありがと。今日ちゃんと返事書くよ』

『そうか。…そうか、なら待ってる』

『うん』


そうやってはにかんだ様に笑ってくれるのが好き。


『そんな…大した事……絶対書けないけど』

『ぼくへの想いを綴るには素直に成ることが大切だ。そんなに難しい事ではない筈だぞ、ユーリ』


おれの名前をその澄んだ声で呼んでくれるのも、


『な、なんだよそれ!』

『ユーリがくれるなら何だって嬉しい。だから楽しみにしてるぞ、ユーリ』

『…っ』



そうやっておれの事を想ってくれるのも…堪らない位おれは……

『ユーリ』

『っ、ゎっ!わかったから』



好き。
好きだよ。いつの間にか…自分で信じられない位に。
大好きなんだ。





素直になれる事が今のおれに出来る事なら、…偶には手紙の中で位好きだって本音を伝えるのも良いだろう。



『ド、努力シマス』

『ああ』



いいんだ。傍にいられるなら。
今、あいつの声が聞こえて、この手が届く距離に居てくれてる。
こんなに幸せな事はないんだから。




だから、手紙を書こう。
そうすれば、おれとお前の距離がまた少し近くなるから。










これはまだ、本当にあいつが居なくなってしまうより少し前の話。

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