Love Story

□第十三話
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ずぶ濡れの体で劇場に足を踏み入れた。
おれの顔は周りに知られているから、此処は何時でも入れる。


ホールに着いて周りを見回したら、
舞台上の大道具や壁紙様の台が移動するその奥で、立ち惚けている一人の男を見つけた。

「……居た」

荒い息を吐きながら舞台の側へと足を進める。どうやらこちらには気付いていない様だったから…


「ヴォルフラム」



振り向いたヴォルフラムが微笑みを一つ零したのを見て、その瞬間にほっとした自分がいたことに気付いた。
いつ振りだろう、憂いを持たずにお前の前に立つことが出来たのは。







第十三話







ところがヴォルフラムは、笑ったのも束の間でおれの持ってるものを見た瞬間見る間に顔を曇らせた。


「傘があるのに、なぜ濡れたんだ」

「これはおれの傘じゃないから返しに来たんだよ」


持ち主にね。
不満そうに歪める顔を見て、また一つ安堵する。
そうか、変わってないんだなお前。

いつだって、自分より人の事ばかり心配するんだ。





舞台の下に居るおれは、数歩そっちへ近寄って、そっとヴォルフラムの手に傘を渡した。

「ありがとう」

「ああ…」


お礼を返されたところで会話が途切れてしまう。

いざこうして二人になったらなんて話したらいいのか、
何を話したらいいのか、


気不味くは無いのに、何処か緊張してしまっているようだ。



「傘があるのに…雨に濡れるのはおれだけじゃないんだな」


結局まともな話なんて出来なくて、それだけ伝えて、そのまま帰ろうとした。

嬉しかったんだって、
それだけでも伝われば今は満足だったから。


「…待て」


ところが、帰ろうとしたおれの背中に小さい、でもはっきりした声が掛かる。



振り向く…と、またおれとヴォルフの間を背景用の壁紙を持った人がゆっくりと通り過ぎて行った。

通り切った視界の先にさっきよりずっと近付いたヴォルフラムの姿が目に映った。
さっきまでとは違った、真剣な声音で…


「気付いただろう、ぼくの気持ちに…」


そう、言葉を紡いだ。



「…全部分かってしまったのだろう…?」

「………ヴォル、フ…?」

「そうだ。あの日雨に濡れたユーリの姿を見て、ぼくも傘を捨てたんだ」






はっ、として見上げたヴォルフラムの瞳は諦めの色を孕んでいた。












*********








自分の声が思った以上の重みを持って響いている。
伝わって欲しい想いをずっと抱えていた。


そう、あの時。居座ってなど居られなかった。
目の前に望む存在がいるのにもう、我慢などして居られる程余裕もない…

ただ、会いたくて…



「芝居を見た日も、ユーリに贈り物がしたくて優姫の分も買った」

「ヴォルフ、何言って…っ」

「運が味方してくれれば、ユーリが手紙付の方をきっと選んでくれるだろうと思ったんだ」

「…っ」


真っ黒の瞳をこれでもかと言う程見開いている。




あの時の贈り物やメッセージが、
それが、おれ宛だったって…
そう、言うのか?



信じられないと言うように呟いた言葉が鼓膜を掠めた。




「そうだ。ユーリの元に届けばそれで良かったんだ。………ぼくは…ぼくは、情けないことにお前を失う気がして、言い出せなかったんだ…」




『お前が……ユーリが、好きなのだと…』




一瞬で顔を歪ませたユーリの瞳が苦しそうに此方を射抜いた。

そんな顔をして欲しくなかったのに、ぼくは今までに一体何度、こんな顔をさせてしまったんだろう…


苦しめることも、
追い詰めてしまうことも、
強いたくはなかったのに…




すまない。お前を愛しいと思う余りの総てがぼくの過ちだったんだ。


「なんで、…なんで今になって」

「…自分の手で守らなければそこに何も意味など無かった。そんな事にすら気付けなかったんだ…」




あの時は、姿を消すことでユーリを守れるのだと思っていた。
身を引いて、ユーリの幸せを想った。
しかし愚かだったのだ。
手の届かない場所に見える幸せなんで無いと知った。




だから、もう一度。
お前の傍に戻れる事が有るのなら、
生涯の愛を捧げたいと決めた。


その機会がこんな形で訪れたのは運命のイタズラか、神の気まぐれだったに違いないけれど…


「ユーリ、今も気持ちは変わらない。ずっとユーリだけを想ってきた」


怒っているだろう。何度苦しませたかしれない…。
虫酸が良いとも知っている。
しかし、もう一度、可能性がそこにあるのなら…






「愛してる。愛しているユーリ。この世で、この全ての世の中で、ユーリだけを愛している。
…そして願えるならば、もう一度、ユーリにもぼくを愛して欲しい」





いつの間にか誰もいなくなってしまった劇場にその告白が深く響いた。
















********





必死そうな声を出して…
いつもみたいな余裕を見せもしないで…


本気だって、お前はそう言うのか……?


「ぉ、おれは…」


言葉に詰まって、なんて言えばいいのかわからなかった。



切なくて…嬉しくて……

胸が締め付けられてどくどくと波打つ心臓の鼓動が高鳴りを収めてくれない…


「おれは…」



心臓まで木霊した愛してると言う言葉が、体中を駆け巡って優しく溶けて行く様だった。



込み上げてくるものを抑えるように心臓の上でぎゅっと服を掴んだ。
顔を見られたくなくて、思わず背を向ける。


「ユーリ、もうぼくから顔を背けないでくれ」

「ぁ…」


するとその後ろから腕を回されて、

いつの間にかそっと包まれた。




「もう大丈夫だから。ぼくの力で必ず守って見せる。この世の全てに誓って見せる。だからもう、お前は不安にならなくていい」






何もいわず、ただそのまま。

おれの雨で濡れた首筋に顔を寄せて、
そのままヴォルフラムと二人、少しの間静かな時間を共にした。




暖かい…
今までの一人で過ごしてきた時間よりずっと暖かくて安らぐ。
あの頃に戻ったみたいだ。


ずっと、望んでいたおれだけの居場所。
もう一人じゃないって、そう言ってくれてるって、事なのか?






そうして、暖かいその手を解いて…
ゆっくりと一歩を踏み出す。


お前がそうだって言ってくれるのなら、



おれもまた、ヴォルフとの明日を望むよ。



進みたいんだ。
おまえの事ばかり考え続けて動けずにいたおれだけど。
照らされた未来に縋り付いてもいいのなら…


おれは、おまえと未来へ進みたい。





「芝居、見にくるよ」




でも直接言えたのはそれだけ。

おれはそれだけを告げて…
それでも笑顔に顔を歪めたヴォルフラムを視界の最後に納めて、そのまま劇場を後にした。










大丈夫だと思った。

もう、おれたちは前に進める。






















続く。
 

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