Love Story
□I thought he was my only person.
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本当はずっと知っていたの。
私に機会(チャンス)なんてないって事……
I thought he was my only person.
初めてあの人を見たのは、
私が幼い時から通っていたピアノのレッスンの帰り道だった。
『お嬢様、お待ちしておりました』
『家に帰るわ』
『はい、畏まりました』
私は、有名な財閥の娘というやつで送り迎えは、当然高級車。
その日も待たせていた運転手に荷物を渡して私は車の乗り込み家まで運ばれていた。
朝倉翁の跡取りや箱入りのお姫様…そんなお高い名称がついて回る。
因みに最近言われ慣れてきたのがコレ。
『朝倉グループのご令嬢』
そう、それが私。
朝倉グループの社長であるお祖父様にとって私は唯一の孫であり、唯一の後継だった。
父様は母様の家に婿入りした身で、お祖父様に見初められて大事な職務を与えて貰ってはいるけど…
やはり血の繋がりを持つ孫の私とは違うらしい。
母様は仕事に深い興味はないらしいし、…本当は私だってそうだけど、最近私は少しずつお祖父様のいる世界も受け継ぎ始めていた。
といっても本業は悪魔で学生な訳だから、今は学業とビジネスの二重生活というやつで。
スケジュールをきっちり区切られたそれ生活に、私は早くも息苦しさを感じていた。
自由に出掛ける事も、したい事も出来ない、まるで籠の中で飼われるカナリアの様…
何処にでも付きまとう息苦しさが日が経つ毎に重くのし掛かる。
解ってはいた事だけど、
それでも少し位は自由が欲しい…
ブランドのバッグ。最新の機械。欲しい物は簡単に手に入った。
普段から私に甘い父様が私を気づかって何でも買って来てくれたから。
だから今まで物欲なんて無かった。
物に対する執着もこれといって湧かない方だったし。
ただ欲しかったのは目で見えないもの。
それが一番難しいのだと私はそういう環境の中で知っていた。
ピアノの教室は住宅地の入り組んだ所にある。
初老の運転手は最近老眼でこの辺の細かい道はなんとも不便なんだそうだ。
だから一度、嫌なら辞めればいいじゃないと言ってやった事がある。
本当にそう思ったから言っただけなのに何故か運転手は私のその言葉をクビ宣告か何かと思い違って泣いて言葉の取り消しを求めてきた。
そういう所は鬱陶しい、でも色々気のつく優しい運転手だった。
その普段は大人しい運転手が感嘆の悲鳴を上げるのを私は初めて聞いた。
『なんと!絶世の美人とはああいう方を指すのですな』
何度も私の名を呼ぶものだから何事かと体を乗り出して言われた方に向けた。
『眩…っ』
何も見えなかった。 反射で翳した指の隙間から漏れた光線が眩しく私に降り注いだ。
…なに、これは?
進んでいく車のお陰でその正体が見えてきた。
下からゆっくりと目に入る、…人だった。
其れは遠目でも判る。太陽の光線をたっぷりと吸収しては自ら輝きを放つ艶やかな髪。
その髪を引き立てる程白いのにちっともひ弱には見えない美しい肌。
(湖の色みたい。凄く深い碧…だわ)
その瞳と目が合って思わず胸が跳ねた。
言葉通りの絶世の美人。
(王子様、だ…)
よもや会えるなんて思ってもいなかった。
小さい時から思い描いていた通りの王子様。
暗い闇を照らし、私を導いてくれる…
言葉を失って見惚れてどれくらいが経ったろう。
吸い込まれそうに透き通ったその瞳はふと私から視線をずらした。
角に立っているから丁度彼方からは死角に入る。
その見えない何かを見つめた次の瞬間、彼は柔らかくその目を細め、ふわりと口元を緩めて…
『おーい!!ヴォルフラムー!』
どうやら彼はヴォルフラムという名前らしい。
…が、しかし其処で一抹の怪訝さが優姫に降りかかった。
何だろうかこの聞き覚えのある品のない声…
『遅いぞ、何時まで待たせる気だ』
それに比べて初めて耳にした彼の音のなんと耳通りの良い事。想像よりも少し低いアルト。
ますます好みだ。
『おや、お嬢様あの方は…』
先に視界に入った運転手がそう促したと思ったら。
(うわ…やっぱりアイツなの)
私とは正反対の腐れえ、…あー汚い言葉を使ったらお爺様に怒られてしまう。………幼馴染の、渋谷有利がそこに現れた。
通りで嫌でも聞き覚えがあると…
自然と眉間に皺が寄る。
私はアイツが嫌いだった。私とは違う世界に生きてる。
私の家よりずっとお金もないし、いつも泥だらけで返ってくるし、昔から無駄な正義感を振りかざしてはすぐ怒るし……
あぁ思い出すだけで苛々する。
……でも、一番気に入らないのは、アイツは私が持ってないものを沢山持っているって事。
目に見えはしない幸せをみんな持っている。
(楽しそうね、とっても)
……きっと、彼もそうなんだ。
『帰ろう、…早く』
ゆっくりと動き始めた車は彼を通り越していく。
やっと、見つけたと思ったのに…
(そう、あんたは私からこうして小さな幸せすら奪うのね)
求めなかったもの。
手に入れたいと思ったもの。
そしてこの手には掴めることのない、私が欲しいと思う数少ないもの。
あの頃はまだ、手に入らないと解っていたから、自ら手を伸ばしてみようなんて思った事はなかった。
ただ、美しいあの王子様が私の記憶に残っただけ。
諦める事を早くも知っていた私は、それだけで終わらせる事ができた。
それが変わったのは、二度目に彼を見た時。
まだ幼かったこの日の私より六年程先の事だった………
end.