Love Story

□第十二話
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おれは降り続いている雨を叔母さんの喫茶店の玄関から覗きながら、貰ったばかりのココアで体を暖めていた。


「ねぇ、ゆーちゃん。これが何だか判る?」

何といわれてもそれは明らかに…

「傘」



だった。




第十二話







こっちも見ずにおばさんは其れを『特別な傘よ』という。


黒くて大きな傘。

どっから見たって普通にしか見えない。



「どれも同じだよ」

「ふふ。これはねー」

どうでも良くてそう答えたおれに、まるで聞いてない母さんはうっとした表情で勝手に話を進めていく。


や、だからどれだって同じだから。
コンビニで買おうと、傘ばかり売ってる店で買おうと真っ黒なんてみんなおんな……じ、



「…おばさん、今なんて言った?」



一瞬信じられなくて耳を疑った。
だって叔母さんは今、こう言ったんだ。


「だからね、なぜかって言うと、『ヴォルフラム君がくれた傘』だから」


……なんだよそれ?


「彼…私が、気があること知ってるみたい」


意味を理解するより早く叔母さんがそう言って頬を赤らめるから凄く驚いた。
ヴォルフラムが…はい?



昔から叔母さんはアイツが大のお気に入りで、よく一緒に来ては
『ちょっとゆーちゃん紹介してよ』なんて小突かれていたけど…
どうやらあれは本気だったらしい。


「来る度ぼーっと見てたら誰でも気づくだろ」


おれはすぐにどうでも良くなってすぐに視線を外へ戻した。
ヴォルフラムの目が叔母さんにむく筈はないんだけど…可哀相だから
何も言わないでおこう。



それよりもおれは、あの二人の事を思い出したせいですぐに気分が落ち込んだ。
まだ最後にヴォルフラムに会ってから、二日しか経っていない。


意地悪ね、と言いながらその真っ黒な傘をおれに向って差し出す。


「何?」

「彼に届けて」


……冗談じゃない。


「叔母さんが自分で届けたらいいじゃん。…おれは、劇場にはいかない」


少なくとも今は、両方とも会いたくはないというのに…。



不思議そうに疑問を投げかけられたが答えようがなかった。
しまいに『優姫ちゃんと喧嘩でもした?』とまで尋ねられて、
本当に困ってしまう。


仕方なく首を振ったおれに、叔母さんは何も聞かなかったけど…。



ゆっくり叔母さんが歩いていったのはいつものおれ…とヴォルフラム がいつも使っていた席だった。
窓を覗いた叔母さんは傘を置くこともせず、大事そうに持っている。
余程嬉しかったのだろう。


「一昨日、急に雨が降ったでしょう?」


思い出したように話し始める。
仕方ないからもう少しだけ叔母さんの話に付き合ってあげようと思っ た、矢先……


「あの時、ヴォルフラム君はここに居たの」

「え…」


おれはアイツに会ったんだから近くにいたこと位判るけど、此処に?


「暫く窓の外を見ていたんだけどね。急に私のほうを振り返って…」


窓を見つめている叔母さんの傍におれはそっと脚を寄せた。
窓からはちょうど自然広場が見える。


「『傘、持ってますか?』と聞いてきたの」


そのとき、窓越しに公園の大きな木に向かって一生懸命走る学生の姿が見えた。


「だからね、『持ってきてなくて困ってたのよ』って答えたの」

「そ、それで…?」


いつの間にか真剣になって聞いたいるおれが居た。
まさかとは思うが…


そうしたらね、彼、傘を此処にこんな風に手掛けて…



「おば様、この傘どうぞ使ってください」

「ぼくは雨に濡れて帰りますから…」



そういって雨の中を駆け出していったのよ。







『おば様、傘は持ってこられましたか?』

『この傘使ってください』


そうはにかんだ彼は両手で頭の上を防いで小走りに階段を下りていった。






「……ぁ、」

「今日はこんなに雨が降っているからヴォルフラム君が濡れるかもしれないわ」


そういって腕を組んで困ったようにカウンターへ戻る叔母さん。


玄関にはおれの少し開いた傘とヴォルフラムの真っ黒なものが あった。



胸がつかえる…
これほどの喜びを感じたことはなかった。

「これ 本当に特別な傘なんだな」

「叔母さん、いいよこれおれが届けてあげるよ」


そうして出て行こうとした喫茶店だったがふと思い返して玄関 に置いてるおれの傘を空いている手で持った。


「叔母さん!!今日は傘持ってきた?」

「持ってきたわ」


そっけない返事を返された。

「そう……」



でも、きっと、アイツだったらこう言うだろう。

『でもこれ使って!!』






おれは黒い傘が以前立てかけられていた場所において、自分の傘は使わず、そのまま玄関を飛び出した。


濡れても平気だった。





「まったく、世話の焼ける子供達だこと」




やれやれといいたげなその声は雨の音に掻き消されて、おれの耳には届かなかった。

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