Love Story

□第九話
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気まずくてヴォルフラムに合わせられなかったおれの目は、代わりに頬に張り付く艶やかな髪を映した。

毛先から連続的に水が滴っている。



よく見るまでもない。
ずぶ濡れだ。





第九話






「ヴォルフ!お前、めちゃくちゃ濡れてるじゃないか!!」


すぐに濡れてない所に変えてヴォルフラムの顔にタオルを寄せた。

まだ整いきらないんだろう…荒い息が、ヴォルフラムの肩を上下に揺らしている。
タオルの間から指先がその頬に触れた。
そこはまだ熱を帯びていておれの冷え切った指や濡れきったヴォルフラム自身とは違い暖かい。
いや、今のおれには熱過ぎる程だった。


その温度差がヴォルフラムにも伝わってしまったんだろう。軽く震えた頬に、おれは慌ててタオルを離した。


「ご、ごめん…」
「…指が冷たいんだな、まるで凍てつく氷の様だ」
「しょッしょーがねーだろ!おれだって雨に濡れて来たんだから」
「違う、責めている訳ではない。ただぼくの手も同じ様なものだからお前の手を温めてやる事が出来なくて…口惜しいだけだ」
「ベッ別に!んな事望んでねーし!!自分の温めてりゃいーだろーが!」
「あぁそうだな。…そうするとしよう」



おれは、そのまま折り畳んでいたタオルを広げて頭に被せた。わしゃわしゃと思い切り音を立てながら少々乱雑に水気を取っていく。


そんな事嘘であっても言わないで欲しい…。
自分の良いように捉えてしまいそうになって自身を嫌悪しそうだ。



「ユーリ、ぼくは平気だから…止せ」
「煩いぞ、全身水まみれなくせに。じっとして…ろっ」
「水まみれなのはユーリもだろうが!ぼくよりも自分の体を拭け。風邪を引いたら、どうする!」
「おれなんかよりお前の方が」
「ユーリ!!」


突然視界が塞がれて真っ白になった。力ずくで奪われたタオルが上から被ったせいだ。
おれはヴォルフラムがずぶ濡れなのを見ていてもたっても居られず…
いつの間にか我を忘れていた。


でもよく考えてみれば今のおれの行動は相当恥ずかしいんじゃないのか?
そもそもお互いの瞳の色が判る位、こんなに近づいたのも久しぶりすぎるんだ。


「ぁ…、」
「落ち着け」
「…ご、ごめんっ。おれ…」
「いや、お陰で大分水分は抜けた。しかしこれはユーリのだろう、ぼくが使ってしまったせいでお前に何かあってはぼくが困る。」
「おれは別に…」
「ぼくが嫌なんだ。もう大分濡れてしまったが服の水を払う位には役立つだろう。もう充分だから、使っていろ」
「あ―…うん」



思わず心臓が跳ねたことは否定のしようがない。タオルで顔が隠れていて本当に良かった。
おれは籠もりかけた熱が早く冷める様に水気を含んだタオルを頬に当ててからゆっくりと取った。

幸い、ヴォルフラムはこちらを向いておらずそれにちょっと安心したおれは、言われた通りタオルで軽く叩きながら体の水分を取っていく。



ヴォルフラムは優しい。
それはおれがずっと彼から感じてきた事だ。
だから掛けられた言葉を素直に受け止める事ができる。

優しさをくれるヴォルフラム。
それを受け止めるおれ。


ただその環境が変わっただけで…
それは昔も今も変わらないんだと実感した。


「止みそうにないな」
「あぁ…」
「ところでユーリ、これから何処へいくつもりなんだ?」
「え、」



どうしよう。
叔母さんの喫茶店だといってしまえばヴォルフラムは付いて来てしまうかもしれない。

自惚れている訳じゃないけど、この状況と…それから可能性の一つとして、それは拭えない事実だと思った。

…だから。

「と…図書館、に行こうとしてたんだ」
「図書館?何処のだ」
「え…県立のだよ」
「そんなに遠くまでか?」
「ああ」



本当は図書館になんて全く用は無いんだけれど、遠くじゃ其処しか思いつかなかったから。
流石に距離があると考えてるんだろう。
頭を抱えるヴォルフラムを見てこのままいけば上手くいけるかもしれないと思った。


…と軽く悩んだ末に、ヴォルフラムは置いたままのおれの鞄を持ち上げた、かと思えば……
なんとそのまま肩に下げだした。


「ヴォ…ヴォルフ?」
「図書館まで送ろう」
「あ―それはどう………今何だって!?」

てっきり…じゃあまたいつか的な想像をしていたのに、これじゃ逆効果じゃないか!!


「送ると言ったんだ。このままユーリが濡れ続けるのを見るのは忍びないからな」
「濡れ続けるって、お前だって傘持ってねーじゃん。二人ともないのにどうやって…」
「良いからユーリ、こっちへ来い」
「何を……てわッ」
「狭いのは我慢していろよ?」


突然、上着が二人の上を覆った。
ヴォルフラムがさっき水気を取っていたものだ。上着を広げておれと二人入れるようにしている。


ヴォルフラムは横に来たから顔は見えない。見えないんだけども…。


(か、肩当たってる)


話掛けられているのにあまり内容が聞こえて来ない。
いきなりでいっぱいいっぱいだった。

「途中雨宿り出来そうな場所があれば少しずつ休みながらいこう…ユーリ?」
「ぅえへッ、は…はい!」
「…大丈夫か?」
「な、なんでもねーよッ」
「ああ。なら、あれが見えるか?まず彼処まで走るからな」

指先した先は自然広場の先を指していた。相変わらず視界は悪い…でもヴォルフラムが何処の話をしてるのかなんとなくだが解った。だっておれ達は昔、よくこの辺を一緒に歩いていたから…


うっすら色だけ解る程度のあの場所は……

「赤い屋根のケーキ屋…」
「そうだ」




男二人で入るのが最初はちょっと恥ずかしかったっけ…



肩と肩が狭い上着の中で当たっている。
もう一方の肩の上には大きく広げた上着を掴んでおれを濡れないように護ってくれてる逞しい腕があった。


傍にいるだけなのにこんなにも心臓が跳ねている。
なのに安心感に満たされる、この感じは一体何なのだろう?

不思議だ。
今まで会う事やその姿が目に映る事すら苦しくて、その度に悩んでいたというのに…



「いつも通りだ。3の合図でいくからな?」
「あぁ」
「…滑って転けたりだけはするなよ」
「ご忠告どーも。けど子供じゃねーんだからンな事はしねーよ」
「フ、どうだかな」



ヴォルフラムが笑ったから…おれの心臓がまた密かに跳ねた。

「……いち」

でも脈打つその音すら心地よいと思ってしまうんだ。



「に、の………」






この気持ちをどうしたら良いって言うんだろう。
昔も今も全く変わらないとまた気付いてしまったお前へのこの暖かい想いを……





「さんッ!!」












一つとなった大きな影が、力強い第一歩目を踏み出した。














続く

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