Love Story

□第六話
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草野球の帰りだった。

まだ約束まで時間があったおれは、ベタつく汗を軽く流そうと一旦家に帰ってきていた。

ザァーー……





(ん、……きもち―、)


温度をいつもより上げて、蛇口を目一杯に捻ったおれは正面からその強いしぶきを浴びた。







熱く降りかかるシャワーの湯と一緒に、このなんともやるせない気分も流れてしまえばいいのに……



『ヴ……、フ…っ』










掻き消されたのはおれの情けない声だけだった…









第六話









(やべ…寝過ぎた)



慌ただしくも自転車に飛び乗って学校まで漕ぎ続ける。


まだ強い太陽の日差しが、肌を刺すようにジワジワと迫るのを感じた。
どうせ草野球で真っ黒になってしまっているのだから構わないが、

こんな時位、これ以上余計な汗を掻かせないで欲しい。


なんだかとても恨めしく感じて、おれはふと空を仰いだ。


するとそこには青々とした空に
なんとも高く大きな雲、

そして隠れもせずに照り続ける太陽が現れていて…


目を眩ませる程の眩しさに、思わず手を翳してしばらくそれを眺めた。










遅刻している原因は、時間があるから…とソファーに横になってしまった事。

あんなに寝ていたなんて思わなくて、寝ぼけた頭で掛け時計を何度も見直した位だ。



飛ばしていると、籠から少しはみ出たバッグの中身がガラガラと音をたてる。
きっとそれは鞄の大きさに比べ、中はあまり入ってはいないから。

その数少ない中身の一つである楽器に思いを馳せて…おれは眉を顰めた。


今日は昼過ぎから学校での合奏団に参加の予定だった。


当たり前だがおれが好んで合奏団などという大それたサークルになど入る訳はない。

言うまでもなく、優姫の都合に振り回されただけだ。




『私達の合奏団、人数ギリギリだったのに一人病気で入院しちゃったのよ。だから有利…形だけでいいから…!!』





「『期待してるわ!』…ネ」


楽譜は読めない、出来る楽器もないのにこんな自分に何を期待するというのか…全く理解出来ない。
第一に、他にもうちょっとましな奴は居なかったのかよ。



(まったく…いつもいつも人を使ってくれちゃって…)



信号を待っている間中、おれの右手の人差し指が連続的にハンドルを叩き続けた。








とは言え、昔から立場が弱かったのは今も変わらない。

学校に着いてみると途端に嫌な不安に取り巻かれた。

考えてみれば感情に任せて電話を勝手に切り、おまけにこうして今は遅刻して来てるんだ。

いつもは嫌々でも遅刻はしなかったのに、あのお姫様になんと言われるか考えるのも億痛だった。


 仕方なくおれは音が漏れ聞こえてくる部屋の後ろ扉からこそっと入って、空いている空間にねじ込む様に座らせて貰った。


壮大さをイメージさせるこの曲のどこにこの楽器の音が合うのか、今だに理解できないまま…

読みがなを全てつけて貰った楽譜を置いて、おれは組み立て上がった自前の楽器……



ソプラノリコーダー





をくわえた。




ところが、

(…………ん、あれ?)







よしこれからやっと…!と構えたのも虚しく、なんとその四小節後には曲が終わってしまった。






(………ヤベ、怒られる…)

どちらかと言えば殺されてもおかしくない、気がする。







固まっている間に周りのメンバーはあっという間に片付けて次々と帰っていった。

どうやら今のが今日最後の合わせだったらしい。




「あ―――、最悪…」



電話切って、
遅刻して、
着たと思えば間にあわず、


「何しに来たんだ、おれ?」
「私にプレゼントをくれに来てくれたんでしょ?」

声に出してたらしい。

「のわっ!?ゅ、優姫!!」



突然真後ろから優姫の声が聞こえておれは飛び上がった。

「やーね、有利ったらそんなに驚かなくてもいいじゃない」
「ゎ、わり、」

さぁどっから来るんだ?

やっぱり昨日の電話か!?

それとも今更何しに来たんだと攻めてくるのか……?



「有利!!」


ほら来た。
おれは情けなくも反射で両手を合わせていた。


「悪かったって!まじちょっとのつもりで横になったらいつの間にかふらっと、さ!昨日の事だって………」
「昨日の?何のこと?」
「だから昨日の………へ?」


ハテナマークを浮かべた優姫の顔。
ずっとこれ位大人しい顔をしていたらもっとモテるだろうに…

ぁ、性格戻るのは殆どおれの前だけだったな…




えっと、それは置いといて、おれはもう一度考え直してみた。



この感じ。
……覚えがない。
覚えてイラッシャラナイ………



「ヤ!なんでもねー。まじなんでもねーんだ、ハハ…」





おれは直ぐにごまかした。都合良く忘れてくれている以上、乗らない方が馬鹿だ。


「ん―、よく分からないけど…まぁいいわ」



た、助かった…



すると、優姫が両手を前に突き出してくる。

まるで子供のチョウダイをしているかの様に…




「………ぁ!!」

納得だ。つまり機嫌がよかったのも結局はこういう訳だったのか…
おれは下に置いた鞄を引き寄せて中身をガサガサと探った。

変な折り目が付いてしまわない様にそっと…入れてきた事を思い出しながら、おれは財布からそのカードを抜き出す。




昨日ヴォルフラムがプレゼントに入れてたカードだ。


中身を思い出して一瞬躊躇うが、これは自分宛ではないのだからとけじめをつけ優姫の手に置いた。





ヴォルフラムが書いたカード。















ヴォルフラムが優姫に宛てたカード…





「…キャー!!何コレ!もう本当に彼私にベタ惚れなんじゃな〜〜〜〜い!!!」



カードを胸に抱き本当に喜んでいる優姫とは逆に、おれの心は冷める一方だ。


「あ―、じゃぁそれ渡したし、おれもう行くから…」
「きっと私が選ぶと思って一つだけに入れたのね、本当に彼ってばおちゃめさんなんだから」
「………」



聞いてねー。
余程嬉しかったんだろう…
おれもきっとそれが自分宛だったなら…………





「っ、じゃ―な」



鞄を引っ付かんでおれはそこから離れた。
ドアを開ける前振り返ったが、優姫はまだおれが帰った事に気付いてはいない。




(うん、放っとこ…)




おれはドアをそっと締めて駐輪場へ向かった。





上手くいっているんだ、二人は……


一刻も早く気持ちにけじめをつけるべきだと感じた。





もういくら想っても、
想われることなどないのだから―――………



















「………ウソ、」





思わず声に出したけどきっと誰にも聞かれてないだろう。


それはあれだけ晴れていた空は跡形もなく消え去って、

見事な大雨が降っていたから。




「傘とか持ってきてねーし…」


通り雨だといいけどそんな一時的なものではない気がする。
辺り一面をどんよりとした雲が覆って…どこか薄暗かった。



仕方ない…


「チャリ…置いてくか……」

こんな中漕いでも雨が激しすぎてきっと前も見えないに違いないし…





「ほんと、踏んだり蹴ったりだな今日…」











帰ったらまた風呂に入ろう…
なんて、どこか呆けた頭でそう思った。








とりあえず今は濡れるだけ濡れてしまえばいいと…





そんな気分だったから…―――















続く。

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