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□別れの音
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それは、突然の出来事。

「ユーリ?どうした虚ろな顔をして…」
「ヴォルフ」
「眠いのか?珍しいな、まだ普段なら起きている時間だというのに」
「あのさ、」
「仕方ない、お前はもう着替えて入れ、良く眠れるよう薬湯をぼくが…」


「フォンビーレフェルト卿」



なんの変哲もない唯の就寝前の筈だったのに…


「ユー、リ?」

もっと早く異変に気付くべきだった。
ユーリの心境の変化に。




「フォンビーレフェルト卿。今日限りでおれとの婚約を破棄してくれ」



心の臓を冷やす風の音が、…聞こえた気がした。







別れの音。



聞いた事が信じられなくて目を見開いた。

「ユーリ?」
「もう周りには話付けたからあとはお前が署名してくれたらいいだけだから」
「な、…にを?」
「一応言うけどグレタはおれが引き取るから、その辺は気にしなくていいし」
いつだって愛おしいユーリの声が不気味に遠くから聞こえる。
こいつは、今何の話をしているんだ…?


「長かったけどさ、まぁお前との日々は悪くなかったよ」
「ユーリ、何を言っているのか解っているのか?」
「よく解ってるよ」
「嘘だ!」


思わず掴みかかってユーリの顔を覗き込む。
下ばかり見ていてよく分からなかったユーリの顔が見えるのと同時にいつもと違う頑なな表情に首を何度も振った。
違う、こんなのはいつものお前じゃない!どうした、何があったというんだ!?

「ユーリ、ぼくに嘘を吐くな」
「嘘でも何でもねーよ。おれは本気だ」
「嘘を吐くな!!!!」


お前が、そんな平然とこんな事を言える筈がない!

「信じてくれなくてもいいよ。おれはもう、お前とやっていくつもりはない、それだけだから」
「なんという戯言を」
「ほら、ここにもうおれの署名は済ませてあるから。だからあとはお前が書いて提出すればいい」
「っ、そんなもの!!」

奪いとって頑丈ではない羊皮紙を思い切り破り棄てた。
ここまで書くほど本気だと言うのか。
ぼくたちの関係をこんな紙切れ一枚で表現されているようで気に入らない。
婚姻届も同じようなものだがあれは、これからを創る土台の様なものだ。だがこれはどうだ。
ぼくたちの仲を引き裂こうとする性の悪い   ではないか!!


ぼくの行動が読めていたのか、ため息を零しながらユーリが執務用の机の引き出しを開けた。

「そうすると思ってまだ用意してる」

それは、何枚も積み重なった破棄の届願いだった。



なんという…


なんという事を……!




「何故だユーリ…!」


お前はこれ全て署名する程ぼくとの婚約を破断したいというのか。
それ程までにぼくを拒むと…、
そういうのかユーリ!!


無意識に叫んではっ、とした。
そうだ、まだ理由を聞いていないじゃないか。
一方的な別れの宣告だけで、その訳をぼくはなにひとつ聞いていない。
納得するまで、…いや、納得したって破棄なんかするものか!


これまで何度危険な目にあっただろう。
お前が傍に居なくても迎えに行った。
それはお前が、魔王だからじゃない。
唯の婚約者だからじゃない。

勿論それだって理由だが、

違う。ぼくがユーリを助けに、迎えに…行きたかったからだ。


名前だけの婚約から、心が少しずつ繋がり始めたそうした日々は…

なによりもぼくたちの軌跡であって、これからの礎だと、そう信じていたのに……

「納得の行く理由を貰えないのなら絶対に署名はしない」

女々しいのかもしれない。
だが形振り構ってすらいられないのだ。
絶対に…嫌だ。


「理由、だって?」
「そうだ。そこまで言うのならなにか原因があるんだろう。ぼくに直せる事ならば話し合えばいいんじゃないか?何故、そんなに急ぐ」

嗚呼、自嘲が零れて仕方がない。
ここまで焦っている自分にも、こんなに執着する自分にも、だ。

ユーリの温もりを、ただ愛しさに溢れ、穏やかだった気持ちをなくしたくないだけなのに。


「ユーリ、」


ユーリは黙ったままだ。
明確な理由がないのか?
それとも、もしかして誰かに指示を受けているのか。そもそもユーリが自らこんなことを言ってくるはずがない。
だとするとその線が強いか、何れにせよユーリを操れるのは一体。



「おれは、おれはずっと我慢していたんだ。お前に対する不満も、誰にも言わないでずっと…」

お前がぼくに、なんの我慢をするというのか。

「でももう限界なんだ!!お前と婚約者としてやっていく自身がない、そのまま結婚なんて、もっと考えられない」

目を見て話せ。
お前は正直者だから、人を傷つけのを極端に嫌う。
後ろめたくそんな理由を聞かされたところで納得など、出来る筈もないではないか。


「だから、もう………ッ、ヴォルっンん」


手近な壁に押さえつけて無理に唇を奪った。
もがく手を片手で奪って暴れない様強く抑える。反対側で固定した顔にかかる髪が手に触れて、それすら愛おしかった。
ぶつける様に押し付けたそれは、ぼくの願い。
嘘であろうとなんであろうと、そんな言葉、口にしてほしくなどない。

お前はぼくのものだ。忘れているのならぼくとの口付けで思い出せ。
苦くも甘くもあったこれまでの日々は、すぐに消えるものでは無い筈だ。…そうだろう?


初めの抵抗以外は特に暴れはしなかった。
少しの期待を感じてゆっくり顔を離す。顔を羞恥に顔を染めたユーリがぼくを掻き立てるのを感じた…まったく、こんな時なのに。
それでも、やはりぼくはお前を求めずにはいられないんだ。


「…ユーリ」

「ぉ、……に…なよ」

「なんだ、良く聴き取れな…」

「おれに!!触れるな!!!」

「…っ!?」

ユーリの叫びが耳に木霊して離れない。
何故、何故そんな事をいうんだ。


「いっただろ!終わったんだって!!こんなやり方はよせ!見苦しいぞ!!」

「見苦しい、、だと?」

「そうだ。言っただろ。おれはもうお前にそんな感情は持てない!お前とこれからを、創る気もない!!」

「ふん、そんな言葉信じられないな。本当だというならぼくの目をみて話せばどうだ?お前が正直ものな限り出来はしないだろう」



そうだ。どんな理由があるにしろユーリがぼくから離れる理由など有る筈がない。
そしてそれを嘘でも言える術など…



「そこまで言うなら、…言ってやるよ」


下を向きがちだったユーリがまっすぐにぼくを射抜くように睨む。
さっきまでとの雰囲気の差に思わず息を呑んだ。
綺麗なんだ。不謹慎であるとは分かってるが、それでもまっすぐに此方を見る真っ黒な闇の瞳から目を逸らす事が出来ない。

聞いてはいけない…

そんな警鐘が、体中に鳴り響いているのに。




「お前よりもっと……や、もうお前に恋愛感情なんて持ってないから比較、じゃ可笑しいかな」


冷めた目で、冷めた声で、嘲笑う。
心が冷えていくようだ。なのに魅入られて動くことすら出来ない。
こんなユーリは見た事がない。なんだ、これは…


「好きな奴が出来たんだ。ずっとおれを想ってくれてたんだって。おれも自分の気持ちにやっと気がついたんだ」

「何を…言って……」
「もうおれは、お前を好きじゃないんだよ」


何故、そんな事を笑って言える…?
普段のお前なら、そんな事出来る筈が…


「わかったら署名、しておいてくれよな」
「だ、誰だ!!そいつはっ、お前の心を奪ったのは一体誰だというんだ!!?」
「こんなに傍に居て分からなかったのか?」
「なんだ、と?」


その時、空気を破るように、扉を叩く音が聞こえた。
こちらの辛辣な雰囲気などもろともしない、いつもの明るい返事をユーリが返す。


「迎えが来た。じゃあな、ヴォルフラム」


ぼくの腕から逃れたユーリが嬉しそうに駆けだした。
まるで二人の居場所からユーリが去っていく様に。

「…本気なのか?」


顔を見上げて、相手とやらが目に入って思わず疑った。
…違う、知ってた。でもユーリはぼくの婚約者で、想いを交わせ合って…そんなことにはならないと思っていた。

不安な時程、なる筈ないと…言い聞かせていた。




なのに、此方を一度だけ振り返ってユーリが彼らしくなく笑って、
次の瞬間、相手に自ら唇を寄せていく。
ぼくよりもずっと高い背が一瞬の戸惑いを見せて、でもすぐに応える様に目を閉じた。

嫌だ。

相手の両頬に手を添えて、
恥ずかしそうに自らの頬を染めて…
嬉しそうに…微笑む……っ



「嫌だ、そんな、…あり得る筈ない……」

こんなこと、有る筈ないのに…。




名前を呼ばれたのは最後の別れの言葉と共に添えられた、最後の台詞だけだった。



ぼくの口付けを拒んで、あいつには自分から寄せた。
嬉しそうに…。恥ずかしそうに。



「嘘だ、こんなの」

認めたくない。認められない。

「嘘だ」

誰もいない大きな部屋に。ぼくの声しか響かない。


「認めない、ぼくは認めないぞ。こんなのは…こんな、こんな事は…」




「嘘だ。絶対にっ、嘘だ!!」















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はい、嘘ですが何か?
2010,4,1に日記onlyで掲載していたエイプリルフール小説です。
年月とともに消えしまうのがかわいそうになってきて移動。←

続き、書きたいんですが時間がないため、かわいそうなヴォルフラムは現在も悲鳴をあげたままです。←ぉぃ


2010,6,3移動

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