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□桜舞3
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「…眠って……いたのか」


久しぶりな光景を見た気がする。
あの時は、まだユーリがこの手の届く場所に居た。



桜舞3





いつの間にか寝転んでいたらしい。まだ頭がはっきりしなくてそのまま空を見上げたら、ゆっくりと舞い落ちるサクラを背景に少し傾いていた太陽の光が射し込んで来た。

傾いていると言えど眩しいその光に思わず手を翳し…


一体どれ位眠っていたのだろうか。


「グレタは…?」


ゆっくりと体を起こして膝下に疼くまる小さな娘を見つけた。

左脚が重いと思っていたが、枕にされていた様だ。


手を伸ばして髪に付いた花びらを払ってやる。
為ると、自分の袖からも花びらが落ちて、花にまみれていたのはどうやらグレタだけでは無いと気付いた。


「ユーリに笑われるな」


体の所々が、薄桃色に染まっている。
グレタの髪色には薄い其の色がとてもよく映えていた。

(まるで眠り姫…か。)


きっとこういう考えを親ばかだと周りに言われてしまうのだろうが……

この子はぼくとユーリの娘だ。
知った事ではない。


ユーリがいない事を本当に残念がっていたから、ユーリの代わりにサクラの話を沢山してやった。

聞き漏らさないよう一生懸命聞いたグレタが、今度は舞い落ちるサクラを取ろうと両手を広げたり、走り回ったりして楽しげな声をあげていたが、どうやらいつの間にか疲れて寝てしまったらしい。


この心地良い春風も追い打ちを掛けたのだろう。


「今年も親子三人は無理だった…か」


結局ユーリを待ってギリギリまで来るのを阻んでしまった。
初めてなら、娘に一番良い開花の日のサクラを見せてやりたかった…と言うのもある。


まだ沢山咲いてはいるがこの風と、舞い始めている事からして、きっと散るまでには時間は掛からないだろう。


「約束、だったんだがな」


来年こそは一緒に来れたらいいのだが…
今はそう、願うしかない。






そろそろ片付けようかと、腰をあげた時だった。

視界にの端に入った湖だったがなんだか急に揺れが大きくなっている。
骨魚族でも跳ねたかと思った…のだが、どうやらそうでは無かった。



(あれは……)












「うわ、冷っっは、はっくしゅん!!」






まだ輝く水面。その真ん中で濡れた漆黒の髪を拭う陛下…

ユーリが其処に居た。


(…帰って、来たのか)


声も掛けずにそうぼんやりと考えた。そんな事が出来たのも、きっと安心感を得たからだろう。


「…やべ、まじ寒い」


身体を震わせて周りを見ている。早くこちらを向け。


ずっと待っていたんだ。
久しぶりに会ったお前は婚約者を見て何ていうんだ?



そしてとうとう、震えたままのユーリが流れた桜の花びらに気付いて此方を振り向いた。
一瞬驚いた様に目を見張ったユーリが、すぐに顔を明るくしてぼくの名を呼ぶ。


「ヴォルフラムー!あのさ…」



この声だ。ずっと待ち望んでいたのは……



「あのさ、マジ寒い!なんか着るもんない!!?」

「………」


………ま、予想してた通りそうなるわけだ。期待はしなかったが相変わらずな。


「ない。そもそも、ぼくたちはお前を迎えに来たわけじゃ…」

「ぁ!グレタじゃないか!こっち戻ってきてたんだな」


水をざぶざぶと掻き分けながら、ずぶ濡れのユーリが湖から上がってきてすぐにグレタの側に腰を下ろした。
人の話は最後まで聞けといつだって…ああ、もう震えているじゃないかへなちょこ。


少し風も出てるからやはり寒いのだろう。すぐに軍服の上着を脱いで背中に掛けてやった。
眠ってるグレタを嬉しそうに見ていたが、ありがとうと返事を返してユーリは上着を引き寄せた。

試しにその手に触れたが、氷の様に冷たい。
まだ春先だから水温が低いのも当然か…


「ぅぅうぅ…寒。…ん、何だよじっと見て」

「……炎に属する全ての粒子よ、」

「ぇ、ヴォルフ??」

「創主を屠った魔族に従え。…ほら、何をしているユーリ。手を出せ」

「え、そんな直で…おわ!待て待て待てヴォルフラム早まるな……って、あれ?」


掌の上に浮かんだのが意外だったのか、まじまじと小さな火の玉を観察していた。


「炎の要素はぼくに従う。火傷はしないから暫くそれで我慢しろ」


というか、美しいその珠の肌によりにもよってこのぼくが、傷の一つでも負わせると本気で思ったのか??

そうだったら、心外にも程があるな。



「ヴォルフはどこ行くんだ?」

「木々を少し集めてくる。…まさかそのまま城へ戻るつもりじゃないだろうな?
風邪を自ら引くようなものだぞ。直ぐにちゃんとした火を付けてやるから籠の中に入ってる物で体を拭いて待ってろ」

「あー、うん。…サンキュ」


火の玉を見つめたユーリが安心したようにふわっと笑ったから、そのままぼくも林へ戻った。

早く暖めてやろう。





それから少しして直ぐに火を焚いた。
側に脱いだ服を並べて乾かす。完全には無理でもこれなら短時間である程度まで乾くだろう。


「良かった、こっちはまだ散ってなかった」


ふと、ユーリがそう呟いた。


「チキュウのサクラは終わったのか?」

「うん、ちょっと前にね。焦ったよー前いた時眞魔国冬の終わりだったからさ、こっちも散ったんじゃないかって凄い気になっててさー」


……でも、ギリギリ間に合ってよかった。

袖口に手を通して、さほど変わらない大きさの上着に包まるように収まっている。
桜を見上げながらも手はしっかりと焚火に向けられていて、何故だろう、それが少し嬉しかったりもした。


「グレタ、よく寝てるな」

「ああ、気持ち良さそうだ」


そっとユーリが伸ばした手をグレタはしっかりと掴んでそのまま眠っていた。

早くただいまと言いたいだろうな。


「起こすか?喜ぶだろう」

「……いや、いい」

「良いのか?本当に」


その為に戻ってきたんだろうが。
グレタだって喜ぶのに。


「こんな格好じゃ会えないよ。それに、グレタが望めばまた来れる。次の約束を作っとくのも悪くないだろ?」


約束は守るためにあるんだから、三人でそうすれば、また何時だって来れるじゃん。



それもそうだな。


「なら服が乾いたら戻ろう。日も少しずつ暮れてきた」




まったくその通りだと、ぼくも思っているぞ。





そうしてもう暫く経ってから、湖を離れた。
グレタはユーリが背負った。
服はもう乾いているからと断わられて。

自分で背負いたいんだと、言われれてしまえば何も返せない。


だからぼくは代わりに樹の周りに落ちている形の良いサクラの花を何個か拾って大切に籠に直してから二人と一緒に帰った。


「疲れてるんじゃないのか?」

「ヘーキだって、何回、言わせんだよ」

「とうとう息も上がってきたか?」

「…き、気のせいだ!これ位余裕だし!」





なぁ、ユーリ。
お前が以前言っていた事をあのサクラの下で思い出したんだ。

あの時はよく分からなかった。


美しい物が目の前から消え失せるのは哀しい事だ。

だが、人というのは欲望高い。
無いと分かれば余計に欲してしまうから、人というのは面倒臭い生き物だと言われてしまうんだろう。
自然の理といえど手に留めて置けないというのは人を震い立たせてしまう。


欲を出す…
そういうもの。






『来年にしよう』
あの時そういった。

それは単に、目の前にいる双黒があんなにも寂しそうな顔をして笑っていたから。
そんな顔をしないで欲しい、お前には笑顔が一番似合うから…
そう思ってあの時は深く考えずに答えを出していた。

でも、その決断の半分は………



ぼくが気づかなかっただけで、本当は既に感じていたんじゃないだろうか…?
ユーリの言う、サクラへの想いとやらを。


また見たい、こうしてゆっくり愛でていたいと思うのは、なんだか、ユーリを想う時の気持ちに似ている。

優しい気持ちになれる。
その存在を知るだけで心がほっこりと暖まる様な…
そんな、優しい気持ちに…。


だからこそ、ユーリは言ったんじゃないだろうか。
「嫌いになんてなれないんだ」…と。





「そうか。なら、片手でも平気だな」

「へ?…ゎわわちょっと!何勝手に繋いで…っ、グレタ落ちるだろ!!」

「それ位愛で何とかしろ」

「はぁあ!?ああああ愛って何だよ!?」

「出来るだろう?」








それが、ぼくがユーリを愛すると同じだというのなら、



ああ、それなら考えるまでも無く……






「……あ、当たり前だろ」












ぼくにもよく理解出来る。












end.

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