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□桜舞2
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「ほら、ヴォルフラムこっちだって。早く来いよ!」

「一体何処まで行くつもりなんだユーリ。いくらコンラートが誤魔化してくれると言えども、いい加減ギュンターだって気付く頃だぞ」

「あとちょっとだってば!」


そー思うんなら早く来いよー。



桜舞2




大分離れた先から可愛らしくも口元に手を当ててそう叫んでいる。

婚約者に誘われて、城を抜け出したのは四半刻程前。
執務が終わってからでは駄目なのかと問うたが、ユーリは駄目だと言い張るばかり。

大事なものだけ署名して王佐が部屋を出た瞬間、ユーリは足速にも城を抜け出した。


ユーリから誘うだなんて滅多にない事だ。
とうとうこのへなちょこにも婚約者としての自覚が芽生えてきたのだろうか…なんて思ったのも束の間で、今はこうして林の中を歩き続けている。

一体何がしたいんだ!?
大体あのユーリの荷物は何なんだ?
持ってやると言っても決して預けては貰えず少々気不味く此処ま迄歩いてきたが…


「ヴォルフラムー、もっと気合入れて歩けよー」

「煩いぞ。どこに行くとも教えずずっと歩かせて、良い加減吐け!」

「わー、吐けなんて元プリが使っちゃダメだろ?あー、もう分かったよ」


分かったのか、へなちょこ。他の男…それもコンラートと二人だけで話を合わせて婚約者のぼくには内緒だなんて、気分が良い訳がない。
とまでは決して本人には言わないが、…それ位察しろ浮気者!


そんな気持ちが漸く伝わったのか、ユーリはぼくの倍の速さで戻ってきた。
戻ってきて…


「は?」

「疲れたんだろ?軍人のくせに情けないなぁー。ほら行くぞ?」


息の上がってるお前と一緒にするな。


「だから何処に…」

「もうちょっとだから、そしたら分かるって」


そう言って手を握ってどんどんと引っ張ってくる。
だから、その場所を言え!!と、本当は言いたかったのだが、…止めた。


ユーリから手を握ってくる事なんてまず無いからな。


「……」


でも婚約者なのだからこれ位して貰わないとと考え直して、業とゆびを絡めてやった。
驚いた様に手元を見て躊躇う仕草を見せるも、結局何も言わず先を進み続けるユーリ。


たったそれだけで頬を真っ赤に染めてしまう様な可愛らしい所も、まぁ…今は触れずに置いといてやろう。




いつまで経っても慣れないのだから初々しくてこちらも嬉しくなる。


「…ぁ!ほ、ほらヴォルフラム!彼処に初めて見る花がある!凄く小さくて、…可愛いな。なーヴォルフもそう思うだろ?」


照れるくせにそうやってはにかんだ様に笑って此方を魅了するなんて…



嗚呼、本当に…



「可愛いな」










それから、もう少し歩いた後にユーリが目を瞑る様言ってきた。


「何故だ」

「良いから良いから、早く瞑れって。で、そのまま真っ直ぐな」

「ぼくに目を閉じたまま歩けと言うのか?地面が平らではないから危ないだろうが」

「う、意外と細かいなお前…。わかったよ、ならおれが手を引く。それでいーだろ?早くしろよ」


答える前に手で目元を塞がれる。目を潰すな目を。
…頼んでくる割には乱暴な奴だ。


「瞑った?絶対開けちゃダメだかんな?そのまま真っ直ぐ歩いて。もう少し足上げて、そうそう…そのままこっちな」


前で草木を払う音が聞こえているから避けながらぼくの手を引いているのだろう。
それでかすり傷でもついたらどうするつもりなのか。本人は無関心なばかりにこちらの心配は大きい。


「ぁ…、」

「どうした!?まさか何所か怪我でも……!」

「あ、バカッ!まだ見んなつってんのに」

「ぅぁ…、何だ…何も見えなく……!?」





それは、恐らく太陽の光線。
今まで森林の中にいたから薄暗闇に目が慣れてしまっていた様だ。



一瞬視界が真っ白で埋め尽くされる。




きっと、木々で隠れてた太陽が物足りなさを感じて、目の前の景色で思う存分に輝きを放っているせいだろう。


すぐに目が調子を取り戻し少しずつ目に入った、その世界は……










「………っ」

「まったく、お前って奴は…あーあ。ドッキリにしようと思ったのに」

「…ユーリ」

「あんたら兄弟がこういうのしたらさ、必ず成功すんのに何でおれはいつも失敗すんだろ?」

「ユーリ…」

「なんか悔しい…」

「ユーリ」

「ん。何?」


こんなに太陽の光の美しく映える場所をぼくは知らなかった。

周りは林だから、例えるなら舞台照明の様に輝きが集まっている。
周りの木々には下まで光が届かないから上はみんな明るいのに、入れなかった光が林より内側に溢れてきて、まるで包まれた空間にいるみたいだ。

その光が全部、目の前に広がる大きな湖の湖面を照らしてキラキラと輝いている。
周りの林も、湖面に映っている林も全てが眩しくて、そして美しかった。


不覚だ。




「感動した」

「……そっか」

「これを、見せたかったのか?」

「そうだよ。お花見しようと思ったんだ」

「オハ、ナ…何だそれは?」

「違う違う、お花見。彼処にあるだろ?立派な桜の樹が」


あれの事だろうか、少し離れたところにある薄桃色の花を咲かせた巨木があった。確か…あれは……


「我が国でも稀少価値の天然樹木じゃなかったか?母上やコンラートに一度聞いたことがある。
 薄桃色の花を持ち、優しい香りを忍ばせ、春を彩る樹があるのだと。眞魔国でも、滅多に見られない程その樹は貴重だったはずだが…」

「え!?桜が?確かにこっちじゃ珍しいって聞いてたけどそんなに稀少なのか?」


サクラ…とは、チキュウでのこの樹の名前らしい。
この国のでは、あまりに貴重な為名前がまだ決められていないが、
ユーリがそう言うのであれば、これからはサクラとして民にも広まって行くだろう。


サクラの根元まで足を移してユーリは持ってきていた荷物を解き始めた。
照れたように笑いながらメイドのエーフェにこっそりお願いしてきたんだ、といって薫りだつ焼き菓子や紅茶を渡してくれた。


「本当は団子があったらきっともっと雰囲気にあったんだろうけどさー、ま、郷に入っては郷に従えだよね」


団子が男かは分からなかったが焼き菓子はとても上手く出来ていた。
時折風が吹いたが、その度にサクラはひらひらと舞って湖の水面に辿り着いたり、ぼくたちの膝元に落ちてきたりする。


「グレタにも、見せてやれたらよかったのに…」


上を見上げながらユーリが呟いた。


「なら白鳩便を送れば良い。きっと喜んで帰って来る」


グレタは今、人間の国…ヒスクライフの元へ留学中だ。
余程向こうを気に入ってるなら話は別だが、親子水入らずで花見をしようと言えばあの子は喜んで来る筈だ。

しかしユーリは、それは山々なんだけどさ、となんとも歯切れが悪い。


「何だ、何か問題があるのか?」

「…うーん、そうだな、おれだって呼んでやりたいけど、多分間に合わないと思うんだ」

「何故だ」


よく分からない。呼びたいのなら呼べばいいだけの話なのに、どう間に合わないというのか。




その時、突然吹いてきた強い風によって木々が騒めき始めた。




「教えてやるよ、ヴォルフ」




立ち上がったユーリが、数歩足を踏み出して、そして両手を広げる。
すると、今までと比べ物にならない程、何十も、…否、何百もの花びらが風によって拭き乱れ始めた。


「ユー…リ?」





(なんだ、これは……?)




目の前を柔らかな桜が舞っていく…







この目に映る景色の、
何と可憐なこと。







白く、だが薄く色付いた花びらが風によって強く舞っている。
その中心で、ユーリは風に身を任せてサクラを感じているようだった。




手に降り掛かる花びらに優しく微笑みながら、体全体で感じている様だった。





まるで吹雪。


「桜吹雪っていうんだ。本当の吹雪見たいだっただろ?でも、これは桜だから桜吹雪」

「本当に雪が舞っているようだった。しかしこれでは、すぐ花が無くなってしまうな」


ふと思った事を言ったつもりだったが、振り返ったユーリの表情が凄く寂しそうで少し驚いた。


「どうしたんだ?」

「そうだよ。桜の命は短いんだ。綺麗に咲いたって毎年人は喜ぶけれど、二週間もしたらあっという間に散っちゃう。こんな風によってね」


なのに皆桜が大好きなんだ。
不思議だろ?すっごく短い時間しか会えないのに人ってば葉桜を見て来年も楽しみだって言うんだよ。

嫌いになれないんだ。
花が散ったら皆別れを惜しんで次の年を待つんだよ。


「…ユーリは、サクラが嫌いなのか?」

「まさか。言っただろ、皆桜が好きなんだって。ただ、ちょっと目を離すとすぐに花はこうして、散っちゃうから…少し寂しく感じるだけだよ」


きっと、皆一緒だと思う。
ユーリがそう言って笑った。
確かに笑ってはいるのに、どこかそれは複雑そうで…


「残念だけどさ、グレタは間に合わないよ」

「そうか」


言葉少なに、そう言う他なかった。

緑に変わってしまったサクラを見たらまだ幼いぼくたちの娘はきっと悲しむだろう…と、思ったから。
それはぼくも嫌だった。


だから。


「ならユーリ、来年にしよう」


何となく口にした言葉だったがもうその心積もりは出来ていた。


「来年も咲くのだろう。何も今年で最後ではないのなら、また来年来れば良い」


魔族の者は皆、待つという言葉に慣れている。長寿が普通だから一年も長い年月のうちのわずかに過ぎない。

ユーリは半分人間の血が混ざっているし、グレタは人間だが、誇り高き魔族の一員には変わりない。
一年なんてあっという間だ。


「グレタには春には此方に居てもらって、…そうだな。今度はもう少し早く来よう」


グレタがサクラを気にいれば、その後何回か行けるだろうし。


「ヴォルフラム…」

「この場所が気に入った。だからグレタにも見せてやりたい」


お前も同じ様に思ったからぼくを此処に連れてきたのだろう。


「なっ!べ、別にお前に一番に見せたくて連れてきたとかじゃないからな!!ヴォルフが一番…暇そうだったから…」


おや、珍しいな。えらく素直じゃないか。


「ぼくはグレタが居ないから代わりに父親のぼくを連れてきたのだろうと言ったのだが…」

「え、」


図星だったな、完全に。


「これは、思わぬ得をした」

「なっっ!!?違!」


慌てて此方に戻っては何度もそう否定する。
むきになってるのにすら、本人は気付いてないんだろう。罪深い奴だ。


「ユーリ」


そっと手を伸ばして温かい頬を撫でてから…
ユーリの前髪に付いた花びらを取ってやった。
一瞬ギュッと目を瞑ったが、恐る恐る目を開けてサクラの花びらを目にした途端、
ユーリは見る間に真っ赤になって…


そんな姿に思わず笑ってしまう。


「わ、笑うなよ…」

「可愛いお前が悪い。…さぁ、約束だユーリ」



不満そうなユーリの指先を手に取って、その甲に小さく口付けを落とす。
そうするだけで、其処はサクラ以上に魅惑的に色付く事を知っていたから。






「来年は必ず親子三人で花見に来よう」







サクラの木下で、こうしてぼくらは約束を結んだ。










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