掌の記憶

□序
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風が吹くと、庭一面に植えたハーブや薬草の薫りがポーチに届く。
西陽に目を細め、東屋で午睡をしていたロレンソは伸びをした。高い塀に囲まれた坪庭の小さな自分専用の家。
飢えることなく、凍えることなく過ごせ、かつ自分の研究を心行くまで出来る現状に、不満など抱けるわけがない。
『一点を…除けば…ね』
あわただしくなる塀の向こう。
足音高く走ってくるのは下男であろう。
遠くから自分を探す声がする。
『どこに、行けるわけでもないのに……』
込み上げる暗い笑いを圧し殺し、ゆっくりと立ち上がり腰に下げられた鈴を鳴らし居所を知らせる。
主以外とは言葉も交わせず。
広い別邸の奥に囲われ朽ちていく。

なにも考えてはならない。
なにも感じてはならない。

嫌だなどと…思ってはならない。

自分は、世界の王に愛でられているのだから。

暗くなり始めた空に自らの心を垣間見た気がして目を反らす。
悩んで体力を磨り減らしてはならない。
…今夜もまた、饗宴が待ち受けているのだから。
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