BSD
□Convenience Store
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「らーっしゃあせー。」
やる気のない挨拶に、少し首を前に傾ける。頷くような、会釈とも言えぬそれを教師にはいつも指摘されるが、直す気はさらさらない。
冒頭の挨拶は、手前のレジに立つ中原くんのものである。
客の少ないこの時間帯、レジに立つのは中原くんのみ。事前に調査・検証済みなのだ。
さあ、今日こそ中原くんの目の前に立ってやる。
カーディガンのポケットの中の両の手を、あらん限りの力を込めて握りしめ、安くて大量に買えるものを物色する。
適当に棒付きキャンディを9個選び、両手に持ってレジへ足を進める。
「らっしゃあせ。」
本日二度目の中原くんからの挨拶に、わたしはまた、少し首を前に傾ける。
テーブルに9個の棒付きキャンディをバラバラ、と音を立てて落とし、鞄から財布を取り出す。
「70円の商品が…、9個で630円になります。」
中原くんのその言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けた。まさか、だってそんな!
「っ、かっ、かける9、って…」
「?…お客様、?」
「あっ、ろっぴゃく、50円、でお願いします、」
「…650円お預かりします。 20円のお釣りとレシートになります。」
「…どう、も。」
商品が入った袋をがさりと音を立てて受け取り、お釣りとレシートを財布に突っ込む。
まさか、まさか。
中原くんと少しでも長く居られるように、大して好きでもない飴を9個も買ったというのに。まさか、「かける9」されるとは思ってもみなかった。
ああ、でも。今日の中原くんも、
「あーとざぁしたー。」
かっこよかったなあ。
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「らーっしゃあせー。」
約24時間ぶりの、中原くんのやる気のないそれ。わたしは、頷くような会釈とも言えぬそれを返す。
飴は昨日買ってしまった、今日は何にしようか。沢山買っても不思議に思われないもので、財布に優しい商品。
昨日の失敗を糧に、今日は一つひとつ値段の違うものを買おう、と意気込んで店内をブラつく。
突き当たったのは飲料売り場。そうだ、お茶買おう。
緑茶、麦茶、烏龍茶と3本を抱え、中原くんの待つレジへ向かう。
「…らっしゃあせ。」
昨日のことがあってか、わたしに向かって放たれるその言葉には、少し警戒の色が見える。
そんな声色に少し緊張して、ペットボトルを勢いよくテーブルに置いてしまう。
ピッピッ、という機械音と、ドッドッ、というわたしの脈の音に、余計に緊張してしまう。
「3点で296円になります。」
「…、6円…」
しまった、昼に購買で1円玉全部使っちゃったんだった。朝、自販機で飲むヨーグルトを買ってしまったせいで100円玉3枚もない。
「500円で…おねがい、します。」
「…500円お預かりします。 204円のお釣りと、あ"っ!」
「っ、!」
レシートから滑り抜け、4枚のアルミニウムがテーブルに軽い音を立てて落ちた。
「申し訳ございません、204円のお釣りとレシートになります。」
「ひへっ!?」
中原くんが素早く4円を拾い、今度こそ私の手へとしっかり納める。その時中原くんの小指が私の手に触れ、大きく肩を揺らして変な声をあげてしまった。
「お客様?」
「はっ、あの、…どうも。」
怪訝そうに眉間に皺を寄せ、中原くんが私をみる。
ああ、恥ずかしい。穴があったら入りたい。今がおでんの季節であったならば、餅巾着の餅になりたい。
袋を持ち、財布を鞄にしまって手動のドアを開ける。
「あーとざぁしたー。」
不機嫌そうな中原くんも、かっこいいなあ。
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「らーっしゃあせー。」
約4時間前にも聞いた中原くんの声に、なんだか異様にドキドキしてしまう。
そう、実は今日の昼休み、なんと中原くんと1分ほど会話をしてしまったのだ。
恥ずかしさで真っ赤に染まる顔を隠すために、キャップをより深く被り直す。
私はこうしてコンビニに来るとき、決まって「キャップ・マスク・メガネ」を着用している。絶対に中原くんに顔を見られてはいけないからだ。 なぜかって、そんなの決まってるじゃないか。
「知ってるか?彼奴、いつもレジが俺だけの時間見計らってコンビニ来やがるんだぜ。」
「うっわぁ、マジかよキッモ!」
「近寄んなブース!」
とか言われるからに、決まってるじゃないか!
それは絶対に避けねばならない。 だからせめて、学校の外でくらい、中原くんの目の前に立たせてください、ああ神様!
あれこれ考えてるうちに、手は自然にチョコレート菓子へと伸びていた。ハッと気付いて手を離す。
__いけない、いけない。学校で中原くんの半径5メートル以内に踏み込めるように減量中なの忘れるところだった。
と、心の中で思いつつも、無慈悲にもパッケージの写真が私の欲を掻き立てる。 美味しそうだなあ、いいよねこれくらい。頑張っている自分へのご褒美的なものとして…。
「らっしゃあせ。」
お菓子の箱をテーブルに置き、鞄から財布を取り出す。
と、不意に今日の会話が思い出された。
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「なあ、誰か消しゴム2個持ってねえ?」
「えー、持ってなあい」
「シャーペンの上使えばいいじゃん?」
「汚れるから嫌なんだよ、」
ああ、今日も中原くんの周りは賑やかだなあ。
あんな風に、とはいかないけれど、せめて5分以上中原くんと会話がしたい。
「…なあ、名無。消しゴム2個持ってねえ?」
「ひっ、…あ、と…あの、これ、で…。」
「おー、ありがとな」
「っあ、!?」
震える手で消しゴムを差し出す。と、手の平を私に向けて開いていた中原くんが、恐る恐る、といった態度の私に痺れを切らしたのか、引っ手繰るように消しゴムを私の手から取っていった。
ああ、昨日の4円玉事件といい、今日の消しゴム事件といい、どうしてこうも中原くんに触れてしまうんだ。恐れ多すぎて手が溶けそうだ。
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「さま、…様、お客様ぁ?」
「ひっ、やっ!?」
暫くぼうっとしていたらしく、中原くんが私の顔を覗き込んできた。 ああ、目の前にこの恰好いい顔が。綺麗な瞳が。鼻筋が。あ、唇割れてる。
「1点で120円になります。」
「あ、すみませ、ひゃく、50円で…」
「150円お預かりします。 30円のお釣りとレシート、それと消しゴムありがとな。」
「あ、いえ…。 はっ!?」
驚きすぎてキャップを勢いよく脱いでしまった。
今、中原くんなんて言ったの?消しゴムありがとな?それって私に言ったの?どういうこと、思考が追いつかない、ああこんなとき、どうすれば。
「やっぱ名無だったんだな?」
そう言って、中原くんはズイッと近付いてきて、あろうことか私のメガネとマスクを、その綺麗な指でずらして私の素顔を露わにした。
「どう、いつ、っや、…なん、で…。」
「とっくに暴露てンだよ、バーカ。」
ペチ、と、中原くんは私の額を優しく叩いた。
「あーとざぁしたー。」
ああ、明日もこうして。来てもいいんだろうか。
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コンビニでバイトする中原中也。セブンさんかなあと妄想しながら。
やつがれちゃんはミニストップだよねお姉さん信じてるよふへへへへ。
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