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□此れは愛では無ヰよ
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右目に巻かれた彼の包帯に、上から撫でるように指を滑らせる。
「ここが目かしら」
「もう少し、君から見て右」
「ここ?」
そう言ってそこを摩る。
こうしていると、治はいつも人形みたいに動かなくなる。普段から、スキンシップはそう激しくしないように心がけているせいか、部屋で二人きりになると、私はこうして治に触れる。情事後は特に。
「そろそろ抜かないかい?」
「厭。今日はいい日なんだから」
そう。治の全身を撫で回すのは、決まっていつも私が治に乗った時。だって、治に快感を与えようと腰を振ると、彼がいつも私を愛おしそうに見つめるから。なんだかとても堪らなくなるの。
ふ、と彼の首筋に口付けをする。
「…」
「莫迦だなあ君は。私と繋がることを自ら望んでおいて異能力を使おうとするだなんて」
そう言って治はニコリと笑った。
ああ、残念だ。私の異能で彼の心を操ってやろうと思ったのに。
「治の能力は私の操思操愛にだけ効かないようにすることはできないの?」
「できないねえ、残念ながら」
嘘を吐く唇に口付ける。いっそこの口ごと喰らってやる勢いで。
一寸たりとも残念になんて思っていないくせに。此奴の口はいつも嘘が下手。
唇を離すと、ふと彼の右目がずっと見開かれていたことに気付いた。
「なあに?」
そう言って、左頬のガーゼに触れる。あ、少し気持ち良い。
「私は、離れないよ」
私の異能は、治には効かないはずなのに。治は私の気持ちになんて答えてくれるはずないのに。治が、私を見てくれているはずなんて、ないのに。
「何時まで…」
「ずっと」
「本当に?」
「本当だよ」
信頼ないな、なんて情けなく笑った貴方は、一体何を考えているの?
「私、」
貴方をこんなにも愛しているのよ。気付いていらして?太宰治さん。
その言葉を発することもできず、ただ物憂げに治の右目を見つめる。ああ、何て素敵な瞳だろう。何て素敵な唇だろう。何て素敵な首筋だろう。私は貴方を愛しているわ。
「知ってるよ」
いきなり治がそんなことを言うものだから。動揺して肩を大きく揺らす。こんなに正直な反応を示すと、また治に叱られる。
「君はこれから任務だろう? 中也と一緒にね」
「…意地悪は止してくださらない? それとも中原くんが私に取られて嫉妬しているのかしら」
微笑を含みながら、私は治の上から退いて、隣に寝そべる。
心の底から吃驚した。真逆心の内を読まれたのでは、と思ってしまった。
彼のくせ毛を指に絡ませる。彼は彼で、私の髪を梳いたり、口付けたり。
「真逆。君が中也に取られて嫉妬をしている、の間違いさ」
「安心して頂戴。貴方ほどではないけれど、私も中原くんの汚濁をある程度は制御できるわ」
「あの中也の首に触れられたら、だけどね」
意地悪、そう呟いてベッドから抜ける。
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化粧台の椅子に座ると、紅茶を淹れていた治が此方を覗き込んだ。
「化粧なんかしなくても君は十分綺麗なのに」
「嘘八百」
また君はそんなことを言う。そう言って笑う彼に心底惚れている。
こんなこと、私以外の誰にも話すことなんてできない。
だって、組織一の暗殺者が他人に恋だなんて。愛を感じることだなんて。許されるはずないじゃない。
「私の仕事って何かしら」
「色仕掛け」
「ひっどーい」
今の仕事に誇りを持っている。それでも私は、貴方を愛したい。
唇に紅を差す。治はこれを気に入っているようだけれど、絶対彼の前で使うことがないようにと、毎日毎日願い続けている。
これももう残り少ない。紅葉さんとまた買いに行かないと。
最後に買いに行ったのはいつだったかしら?そうだ、丁度二ヶ月前。
二ヶ月間で、一体私は何人殺めた?
「行ってくるわ。ちゃんと寝なさいよ、また夜な夜なベランダから飛び降りても今度こそ手当てしてあげないんだからね」
「酷いなあ君は。でもそんなこと言いながら、この間もその前も助けてくれたじゃない」
「それは、」
反論しようと振り向くと、唇を塞がれた。瞬間離される。本当に一瞬の口づけは、いつも私を苦しめる。
「君は知っていると思うのだが、一応言っておこう」
今日一番の笑みを浮かべ、彼は上機嫌にこう言った。
「此れは愛ではないよ」
「うそつき」
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ダアアァァァザアアァイサアアアン。