YOI

□君と僕でひとつになりたい
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「ナナシー、まだ滑ってくの?」


リンクメイトがそう声をかけてくれる。
再来月から始まるシーズンに向けて、朝から晩までスケートに浸っている私を心配してくれる彼女たちは、私のスケート人生を支えてきてくれた大切な仲間だ。


「うん、もうちょっとやってくよ。更衣室の鍵、目立つとこ置いといてくれる?」
「わかった、ちゃんとご飯食べてお風呂はいって、6時間以上寝なさいね。」
「ははっ、わかってるよ〜。」


多分私は、もうすぐ寿命だ。
フィギュアスケーターの寿命は短いもので、30歳までやれるなんて最初から思っていなかったけれど。まさか、27歳になる今年、自分に限界を感じるとは思わなかった。

去っていくリンクメイトに手を振り、紐を結び直す。
と、熱い視線を感じて顔を上げてみると。


「あら、ヴィクトル。まだ残ってたの。」
「うん、ナナシに教えて欲しいことがあって。」
「ヴィクトルが私に? ふふっ、珍しいこともあるものね。何かしら。」


なんだか、ヴィクトルが珍しく目を輝かせて私を見るものだから、彼の元へと笑顔で滑る。
氷が削られる音と共に、ヴィクトルの目の前でストップする。

急に止まったことで、私の、スケート以外で唯一の長所であるプラチナブロンドの長い髪がふわりと踊る。


「ナナシ、長い髪を綺麗に保っていられるコツって、何かあったりするのかな?」
「髪…?」


そう私が聞き返すと、ヴィクトルは、腰あたりまである私の髪を掬いとってキスをする。大分前に別れた彼と同じ行動に、少しときめいたけれど、首を微かに横に振る。
彼は30歳、ヴィクトルは15歳。そして私は27歳。年端もいかぬこの美しい少年に心を揺らがせてはならないと、自分に言い聞かせる。


「そうね…、髪を乾かすとき、熱風じゃなくて冷風で乾かすことくらいかしら。あと、コンディショナーも絶対忘れずにね。 どうしてそんなことを?」
「このまま髪を伸ばそうかどうか悩んじゃってね。 ナナシの髪が一番綺麗だから、ナナシが大変そうなことしてたら切っちゃおうかなーって。」


でも、と彼は続けて、ヴィクトルが満足気に私の顔を見た。この顔は、何か決心がついた顔だなあ。
指を私の毛先まで下ろし、最後に毛先をくるりと巻いて手を離した。


「やっぱり伸ばすことにするよ。 ナナシとお揃いだ。」
「…ヴィーチャ。」


少年のあどけなさが残る笑顔で、ヴィクトルはそう言った。
天使のようなその微笑みに、私は、ああ。結局心を揺らがせてしまった。
彼の愛称を呼べば、ヴィクトルは驚きを隠せないように目を見開いて、私を見た。


「私とお揃いでは駄目よ。 私を超えなさい。私にはできなかったことをして、世界を驚かせ続けなさい。」
「ナナシ…?」


この美しき愛息の頬に、冷たくなった指先を滑らせる。
親指で目尻を撫で、手の平で輪郭をなぞる。反対の手で後頭部を抑え、私の胸元へ引き寄せる。


「ナナシ、」
「ヴィクトル。 貴方が髪を伸ばすなら私は切るわ。貴方がシニアに上がれば、私は引退する。世界の注目は一つにしか集まらないわ。 今シーズン、貴方のシニアデビューと私の引退が重なってしまったけれど。来シーズンからは貴方がフィギュア界の中心よ。」
「ナナシ、何を言ってるんだい? 引退なんて、」


まだ早いよ。ヴィクトルのその声は、私の耳にしか届かないようなか細い声だった。
私は小さく、小さく微笑んだ。ああ、私の愛しのПринцよ。

貴方と私でひとつになりたいのよ。


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