リトマス6

□だからせめて、
1ページ/1ページ

「……だれ、ですか」

俺があのとき無音と一緒に行っていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。










それは、リトマス6のライブが終わってから3日経った頃だった。


俺と無音は、1年ぐらい前から付き合っている。男同士という不毛な関係ではあるのだけど、リトマスメンバーに付き合ってるということを話してみると、意外にも応援してくれることになった。勿論、交際をしていると伝えたのはそいつらだけだ。ずっと一緒にいるし、俺としてはあいつらのこと信頼してるし。言って損はなかっただろう。

そんなこんなあって、今俺と無音は、所謂同棲というものをしている。
最初、同棲をしたいという話はだいぶ前に無音のほうから持ち上がってはいたものの、俺は反対していた。理由は特になかったけど。
そこから月日が経ち、俺もそろそろいい頃なんかなぁとか思い始め、無音以外のリトマスメンバーと相談し、同棲することに決めた。このことを無音に伝えに行ったら嬉し泣きしてて、ちょっと彼氏っぽいことはできたかなって誇らしげに思った。



最近はライブのことで忙しかったからか、無音の手料理を全く口に入れていない気がする。無音も俺と同じことを考えていたのか「そういえば、」と口を開いた。

「最近もるくんに料理作ってないよね?」
「あー、俺も同じこと思ってた」
「やっぱり?ライブ前になると忙しくなっちゃうもんね」
「んだなあ」
「ちょうどお腹空いてきた頃だと思うし、僕なんか作ろうか?」
「いーの?」
「いいよ!…あ、でもなんか余ってたかな、なんもなかったら買いに行かないと」

無音は冷蔵庫の中身を確認しに行ったのか、広いともなんとも言えない台所へと向かった。

んー、そうか、無音の手料理か…唐揚げ食いてぇな。あ、でもオムライスとかカレーも…てか今昼じゃん、昼にそんな重たいもの食べていいのか…?

と、自分の食べたいものを悶々と考えていると、「もるくん」と無音に呼ばれた。

「んー、何?」
「冷蔵庫の中、辺り一面真っ白だったからカラフルにしてくるね」
「お前もうちょい分かりやすく言ってくんね?その内カラ松みたいになんぞ、無音松」
「え、やだよカラ松になるとか。そんなのムチャだけでいいでしょ、ていうか無音松とかやめてよ」
「おーおー、ムチャも酷い言われようだな。んで?何か買ってくんの?」
「うん、近くのスーパー行こうと思って」
「へー、気ぃ付けろよ」
「あれ、ついてきてくれてもいいんだよ??」
「誰がついてくか」
「えぇー、もうちょっと恋人に優しくしようよもるくん、俺悲しいなあ」
「うっさい、いいから早く買ってこい」
「もう、分かったよ…じゃあ行ってきます」
「ん、てら」

この俺がわざわざ買い物に付き合うと思うか、バカ無音が。

いや、一応事故に遭わないかとか、変な奴に絡まれたりしないかとか心配はしてる。でもついていくのがめんどいだけ。心配してやってるだけ感謝しろよ、無音。
てか、俺と喋ってるときに他の男の名前出すなよな…結構こう見えて嫉妬する人間なんだぞ俺は。

無音が帰って来るまで暇なので、俺は読み終わってない漫画を読んだり、なんにも面白くないトークバラエティ番組を見たりしてその暇を潰していた。





無音が買い物に行ってから、およそ1時間。
普通の買い物にしては遅い。道中で何かあったのだろうか。…いや、ただ単に久々の買い物に浮かれて余計なものまで買ってるとか?

「あー……腹減った…」

無意識にそんなことを呟いた途端、俺のケータイからコールが鳴った。

こんな腹減ってるときに誰だよ…。

今まで倒していた上半身を起き上がらせ、テーブルの上に乗っかっているケータイを手に取った。
画面に映っているのは、『ゆとり』の文字。
なんだよこいつ暇なのか?と疑問に思いながら、俺は応答した。

その瞬間、ゆとりの声が耳に響いた。


『あ、もるでお!?あのね、無音くんが今大変なことになってて、えっと、とりあえず○○病院まで来て!!今すぐだよ!!!』
「……は、?」
『もるでお?』
「無音が…どうしたって?」
『だから…!……あーもう、電話で話すのなんか嫌だから、とりあえず早く病院来て!』
「分かった、めっちゃ急いで行くわ」
『ん、待ってるからね、受付のとこに居るから』


プツッ
ツーツーツー…

無音が…無音に何が起きたんだよ…。大変なことになった、とか大雑把すぎるだろあいつ。
俺は急いで無音がいる病院へと向かった。





「はぁっ……はぁ…、」

やっぱり家と病院が近いからって走るのよくないな…でも早く無音の様子見たかったし…車出す余裕なかったし…。
ゆとりは、受付のとこにいるって言っていた。俺はゆとりの姿がないかキョロキョロと辺りを見渡した。


「……あ、もるでお!」
「ゆとり!無音は!?」
「それよりも息整えたら?…走ってきたの?」
「ったりめーだろ、車出す時間なかったんだよ…」
「そっか。お疲れ様」
「それより、無音に何が起こったのか説明してくんね?俺気になってしょうがねぇんだけど」
「あ、ああ…うん、教えるよ。無音は……」


ゆとりの話によると、無音はスーパーから家に帰る途中、居眠り運転していたトラックがぶつかってきたらしい。所謂、交通事故に遭った…ということだ。ゆとりは偶然にもその近くを歩いていて、素早く病院に連絡できたらしい。


「でも…」
「ん?」
「えと…ちょっとっていうか、すごい重い話なんだけど」
「…おう」
「……無音くん、なんか記憶がないらしくて」
「?事故に遭ったっていう記憶が?」
「違う、あの…」
「何だよ、はよ言って」
「だから、俺達のこと覚えてないんだって…!」
「………は?」


俺らのこと覚えてないってどういうことだよ、記憶がなくなったってこと?そんな馬鹿な。だって無音この前、「もし僕が事故とかに遭って、頭打っても、絶対に記憶は飛ばさない!」って自信満々に言ってたやん。


「…えと、もるでお?」
「……今、無音目ぇ覚めてんの?」
「あ、うん、一応…」
「部屋どこ」
「206号室…」
「あんがと」


俺は病室の番号をゆとりに聞いて、走ってその場所へ行った。後ろからゆとりが俺を呼んだ気がしたけど、今はそんなのに構ってる暇はない。

無音が記憶を失くした?まじで俺のこと覚えてねぇのかよ、だって恋人だぞ。そんなん忘れられるわけねぇだろ、俺だったら絶対忘れねぇし。てかあのときの自信満々なセリフどこいった、あれ守れてねぇとかまじあいつどうした、ちゃんと有言実行しろや、俺怒ってんだぞ。



もやもやとした感情を抱いたまま、俺は無音がいるという病室に着いた。
意を決し、スライド式のドアを開ける。
そこにあったのは、4つのベッド。

…と、その中の1つのベッド__窓側だ__にいる無音の姿。

一人で窓の外を眺めながら、ぼけっとしている。ドアが開いた音にも気付かず、ただぼうっと。
俺は無音に歩み寄る。流石に自分に近付く何かを察しのか、ゆっくりとこちらを向く。

そこにあるのは、いつもの無音の顔だった。


「……む、ね」


俺が名前を呼ぶと、無音は眉を顰めた。
無音の頭には、包帯がぐるぐる巻きにされていて、左手にも包帯がぐるぐるとある。あとは両腕に点滴の管が付いているくらいで、いかにも病人という感じがした。
無音は眉を顰めたまま、俺のことを下から上へとじろじろ見てくる。我慢できなくなって、もう一回さっきより大きな声で無音の名前を呼ぼうとした、そのとき。


「…だれ、ですか」


その一言は、俺の体にズシンと重く乗っかってきた。ああ、やっぱり記憶失くなってるんだなとか、忘れられて悲しいとか、そんなんじゃなく。

俺は、俺の存在は、無音にとってそれまでだったんだということを感じた。


「……俺、もるでお」
「…もるでお、さん」
「さんなんて付けなくてええよ、もるでおでいい」
「あ、はい…」


会話が続かない。


「……あ、あの、もるでお」
「何?」
「え、と…なんで、僕のこと知ってるんですか?」
「そりゃあ俺、無音の、」


__恋人だし。

その言葉だけは、どうしても言えなかった。

今の無音に言ったら、きっと軽蔑の目で見られる。今の無音は俺と初対面なわけだし、初対面の奴にこんなこと言われたら流石に引くだろう。
けど、言いたい。ものすごく言いたい。でも、ダメなんだ。


「…?もるでお?」
「あ、いや、なんでもない」
「そうですか、」
「…てかさ、敬語使うのやめねぇ?なんかこっちが変な感じになる」
「え?あ、…うん」
「……なぁ、無音」
「あ、な、何?」
「ほんとに覚えてねぇの?俺のことも、リトマスの皆のことも、全部」
「…うん。思い出そうとしても、なんかつっかかってて。もるでおとか、ゆとりさんとかの話し方聞くと、前に会った気はするんだ。するんだけど…本当に思い出せないんだ、何もかも」


無音は、泣きそうな顔になりながら話した。掛け布団を小さな力で握りしめ、下を向きながら。

俺はその姿を見て耐えられなくなって、思わず無音の手を握った。


「…も、もるでお…、?」
「……なら俺が、お前が全部思い出すまでそばにいてやる。俺が、お前にどんなことでも教えてやるから。今まであったこと、リトマスメンバーがどういう奴らか、……俺との関係も、全部」
「もるでお…」
「それじゃ、だめか?」
「……ううん、嬉しいよ。ありがとう。
…なんかね、僕、ゆとりさんよりもるでおと一緒にいたほうが落ち着くんだ。なんでかは分からないけど…でも、うん、教えてほしいな。い
ろいろと」


そう言って、無音は微笑んだ。さっきまでの苦しそうな、悲しそうな顔とは大違いだった。


「おう、任せろ」










記憶を失っているのなら、これからまた新しい記憶を塗り重ねていけばいい。
その手伝いは、俺がいくらでもする。



だからせめて、お前は泣かないで。

辛いと思うけど、笑っていてくれ。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ