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私の必死のサポートにも関わらず、10分も経たずに本部の屋上に追い詰められてしまった。元々小南はボーダー屈指の機動力を誇り、慶が私を担ぐというハンデを追ったまま逃げ切るのはやはり無理だったようだ。
「ふふふ…やっと追い詰めたわよ太刀川…さぁ、もう観念して律を返しなさい!」
「おおっと、ここで勝利を確信するのは早いんじゃないか…?まだ律はこちらの手にあるんだぞ?」
どっちもお宝を巡って追いかけっこする警察と泥棒かなんかだと思っているのだろうか。
小南は目的を忘れかけており、慶は悪ノリしていると見た。
今現在もずっと頭痛と生理痛は治らない。担がれてお腹を曲げたままでいるのは立っているよりは楽だが、頭が揺れるのは止めて欲しい。早く横になって寝たい。
突っ込みのもしんどいので早くこれ終わんないかなと傍観者に徹した。
「へぇ…こんな状況でも逃げ切れるって言いたいの…?ふふふ、いい度胸じゃない!やって見なさいよ!返り討ちにしてやるわ!!」
「ふっふっふっ…これを見ても同じことがいえるかな…?」
何をする気なんだろうと思い首だけで振り返ろうとした。するとくるんと体の向きを変えられ、お姫様だっこされる。展開が読めずなすがままになっていると慶は私の乗っている腕を前(本部の屋根からはみ出して下は遥か地面になっている)に突き出した。
ーまさか。
「えいっ」
可愛くもない掛け声と共に私は下へ落とされた。
「え、ちょ、〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
声にならない絶叫をする。
上で「律ー!!」という小南の叫び声が聞こえた。
ぐんぐんと地面が近づいてくるのに従い、だんだんとゆっくり落ちていくような気がした。
そして駆け巡る慶との思い出。走馬灯だとすぐに分かった。
昔は今よりぶっきらぼうだったけど、素直でもうちょい人間味があって可愛かったな…
ぼんやりと考える暇もなく地面はすぐ目に迫っている。あぁ、もうダメだと諦めかけたとき
「セェェェェフ!!!」
ギリギリ間に合った慶に抱き抱えられ、地上3メートルのところで私の体は事なきを得た。
何か言ってやろうと思ったが頭が混乱しているのか何を言えばいいのか分からない。
視界の隅にグラスホッパーが見えた。下向きに蹴り、速度を上げて落下するのに使ったのだろう。
てかこんなことするなら初めから抱えたまま降りればよかったじゃんと思ったのだが、玉狛支部の方向へ向かうベイルアウトの光を見て納得した。
慶は私を落とし、焦って隙だらけの小南を旋空で一発ベイルアウトさせ、に私を回収しに来たという事だ。
さすがはアタッカー・総合一位の度胸と行動力だが、一歩間違えれば私は死んでいる。
「ははは、どうだ、すごいだろう」
「うん、本当に、すごいね…良かったね、殺人犯にならなくて…」
「お前なら途中でトリガー起動させると思ったんだよ。最後までしないから焦ったわ」
「…いや、私今トリガー持ってないし」
「え」
「今日はすぐ帰る予定だったからカバンに入れっぱなしだよ。カバンは隊室」
「ははは…そりゃあ、まにあってよかったなー…」
引き攣り笑いをする慶をジロリと睨む。サッと目を逸らし、私を抱え直して慶はまた歩き始めた。
「それじゃあ戻るか」
「え、どこに行く気なの?てか下ろしてよ。それに言ってなかったけど今日は…」
「いいからいいから」
慶は私の言葉を遮りずんずん進んでいく。今日はそんなのばっかりだ。
そもそもこいつなんでこんなこと始めたんだ。そんなに私と模擬戦したかったのか?
今更ながら少し悶々としたが生理痛と精神的疲労もあり、私は考えるのをやめた。
本部に入ってから私はおんぶされた。どっちにしろ人の目につくだろうと思っていたのだが、慶は木虎ちゃんとのエンカウントを恐れてか人通りの少ない道を選んだようでほとんど人に会う事はなかった。
唯一ばっちり出くわしたのは風間さんだった。何か物言いたげな表情だったが2人で笑顔で挨拶をしてやり過ごす。
他何人か開発部や、通信室の人にも見られはしたが話しかけてはこなかったのでよしとする。
そして着いた先は先程までいた太刀川隊隊室である。隊室前になるとやはり戦闘隊員に見つかってしまったが、幸いなことにそれは東さんととっきーという空気の読める男たちだったので木虎ちゃんへの口止めをお願いした。
「あれ〜律だ。ここ来るなんて久しぶりだね〜何で太刀川さんにおぶられてるの?」
慶におぶられたまま隊室に入ると柚宇さんに迎えられた。
ソファの前でやっと降ろされる。
「柚宇さんお久しぶり〜それが私にも分かんないのよね〜。慶、そろそろ教えてよ。なんで私をここまで連れてきたの。本当に模擬戦やりたかったわけじゃないんでしょ」
訓練室に寄ることなく真っ直ぐ隊室に向かった時点でそれは分かっていた。
何か用があるならさっさと済ませて柚宇さんに薬をもらいたい。
すると慶はああ、と思い出したような顔で言った。
「お前、今日生理痛酷いんだろ?」
「へっ?」
予想外すぎる言葉にぽかんと口を開ける。一瞬訳が分からなかったが、私は脳をしっかり働かせる。慶が私が今日生理1日目だいうことを知っている。つまり、
「…なんで慶が私の生理周期知ってんの!?」
さすがにドン引きだ。確かに過去腹が痛いと何回か慶の前で喚いたことはあるが、そこまで把握されているとは。
「んなわけねぇだろ!そんなん知るか!!俺は変態か!!」
「じゃあなんで私が今日生理痛酷いって知ってんの?!それに女子高生に対して生理痛とか言う時点で変態セクハラ野郎だわ!!」
この部屋に出水と唯我がいなくて本当に良かった。もし彼らがこんな会話を聞いたら、出水は顔を赤くして気まずくなるだろうし、唯我は失神しかねない。柚宇さんは後ろで「そうだそうだーこのデリカシー無し川〜」と可愛い援護をしてくれている。
女子高生2人からの猛批判を受け、ため息をつきながら慶はめんどくさそうに答える。
「お前あのときの自分の顔色分かってたか?」
あのときとは私が木虎ちゃんと小南のはさみ打ちを受けていたときのことだろう。
「へ、そんなに顔色悪かった?」
「真っ青だった。てか今もやばい。ついでに言うなら無意識だったんだろうが腹も抑えてたし、脂汗も浮いてた。加古のチャーハン食ってもしなないお前が腹壊してるとは思えないし、いつもの生理痛かなって。…違かったか?」
「ううん。え、すごい。大正解」
素直に慶の言葉に驚いた。普段じゃ二桁引く一桁の暗算も危うい、月見さんがポニーテールにしても気がつかない男である。そんな観察力と考察力どこで身につけたのか。
つまり、慶は私の体調を悪いのを察してわざわざめんどうごとに首を突っ込み、小南と木虎から私を逃がしてくれたということだろうか?(ただ、この場合は私を助けるだけではなく、自分も遊びたいという気持ちが少なからず混ざっていると考えられる)
普段から戦闘と餅くらいにしか関心のないこの男が?
私のために?
これじゃあ、まるで。
「太刀川さんは律のことをよく見てるんだね〜〜大切なんだね〜」
柚宇さんがニヤニヤと慶をおちょくる。
柚宇さんの言葉に私がドキッとし顔が赤くなってしまったんじゃないかと焦る。
私だけじゃなくて、柚宇さんもそう思ったならたぶん自意識過剰じゃない。
きっと慶は私のことを普段から心配し、見守ってくれていたのだ。だから他の人よりも早く私の様子がおかしいことに気がつけた。
慶は元々世話好きでもお節介焼きでもないのに。
おそらく、私だからなんだろう。
一体いつから?
ちらりと慶を見る。
慶は「はぁ、たまたまだよ」と柚宇さんに呆れたふうに答えていたが、「またまた〜照れちゃって〜」とさらにからかわれている。
先程の落下中の走馬灯にも出てきた、私を慰めていた慶の照れ顔がフラッシュバックする。
照れを隠すのは少し上手くなったかな?
やっぱり昔から慶は変わらない。
「慶、ありがとう」
昔と同じ言葉を使った。
「おう」
慶も昔と同じ言葉を使った。だが、今日は目を逸らさず私に得意げに笑って見せた。
あれ?やっぱりちょっと大人になったのかな?
どちらにせよ私少し嬉しくなった。
「そうだ、律。薬いる?」
「いる〜〜!!」
柚宇さんが薬を用意してくれている間私は水を取りに行った。
ソファまで戻ると、先程私が座っていた場所の隣に慶が移動していた。
「私横になりたかったんだけどな…」
「おお、横になれ。今日は特別に俺の膝枕だ」
「え、柚宇さんのがいい…」
「文句いうな。たまには素直に言うこと聞けよ」
半ば無理矢理腕を引っ張られ慶の膝枕に寝っ転がる。
「どうだ?これもアリだろ?」
「固い…」
私はそれだけ言って寝たふりをした。