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きっかけはポスターだった。

先日私はバイトとして市外専用の隊員勧誘ポスターのモデルをさせてもらった。
前からちょくちょくお仕事が来ていたが今回初めて担当さんが変わり、ポスターの方向性も大きく変わったのが大問題だった。
しかしいつも恥ずかしいからと自分で事前のチェックをせず、唐沢さんに任せきりだった私に責任があるため広告会社にも唐沢さんにも文句を言えないのが悔しいところだ。後悔先に立たずとはこのことである。




その日の朝、私は生理になった。
生理は2日目が辛いとよく聞くのだが、私は1日目が一番辛い。というより前日と1日目だけお腹が痛くなり、頭痛もする。2日目以降は下腹部に違和感がある程度で、生理が終わった後にまた頭痛がひどくなる。

出かける前に生理になったと気が付き、生理痛が来る前に薬を飲んだ。学校に行き昼を過ぎても生理痛はやってこなかったため薬が効いているか、今月はそんなに酷くないのだろうと判断し、薬は飲まずにいた。
放課後、今日は夜間のバイトがあるが防衛任務はなかったのでそのまま本部に行くとお腹と頭が痛くなってきた。
薬を飲まねばとカバンをあさり箱を出すと中が空っぽだった。昼に気が付いていれば薬局に寄ることが出来たのだが仕方がない。誰かに薬を分けてもらおうとふらふら本部内を歩き回った。その間にもどんどん痛みは増していく。
しかしまだ学校が終わってすぐの時間だからか、運の悪いことに中々薬を持つ女の子に会えない。ついでにやけに周りからの視線が気になった。
ジロジロと無遠慮に見る者はいないが、私が通り過ぎた後ちらっと見てきたり目線が合うと慌てて逸らされたりする。
何か私がしただろうかと少し居心地悪く感じたが、そんな余裕はなく誰かを捕まえて尋ねることはしなかった。

そうだ、柚字さんは確か常備してたはず。
多分まだ来てないだろうけど来るまで隊室で休ませてもらおう。

本部をうろつくのはやめ、太刀川隊隊室へ足を向けた。
しかし、もうすぐ目の前に隊室が迫ったとき、爆弾を持った障害が現れる。

「律先輩ー!ちょっとちょっと、これどういうことですかぁー?!」

嵐山隊スナイパーの佐鳥である。お調子者でいつも「見ました?おれのツインスナイプ」と聞いてくるのは喧しいが、人懐こくいじりがいのある奴なので普段から結構可愛がっている。しかし今は生理痛が優先だ。はっきり言ってここで見つかりたくはなかったが、後輩男子に「ごめん、生理痛だから」なんてセクハラは言えない。適当にあしらって仕舞おうと思い、しぶしぶ「どうした佐鳥ー」と返事をする。

だが奴が抱えてきた爆弾のせいでさっさとあしらうことなど出来なくなった。

「どうしたじゃないですよー!これ、先輩どうしたんですか?!」
「んー?あー、それね、…ってあれ?!」

佐鳥のスマホには例のポスターの写真が写っていた。確かに前のものと全く雰囲気が異なるので元々恥ずかしいものであったのだが、その写真に違和感を感じる。

あれ??私こんなに服破けてたか?!

撮影時に少し戦闘をイメージしたであろう汚れや傷などのメイクをし、セーラー服はほつれ、若干破れていたような記憶はあった。しかしポスターのように腹の布地が完全に千切れてへそが出ていた記憶はないし、スカートだって破けてスリットなんてできていなかったし、タイツは太ももに穴などない新品のものを履いていたはずだ。
画像加工により明らかに肌色が増えており、さらにこれが自分の知らぬ不特定多数の人に見られていると考えるとゾッとした。

確かにこのくらいインパクトのあるポスターの方が目を引くし、この写真がいかがわしいものかと聞かれると答えにくい。
そもそも広告となれば平気で水着の写真だってあるのだ。一般人にとっては対して気になるものではないだろう。
だが、それを知らずにいた写っている本人とその周りの人々にとって話は別である。

「律先輩ー?大丈夫ですかー?!」

驚きにより言葉を失った私を心配する佐鳥。ハッと気が付きおそるおそる尋ねる。

「…これってどこから知ったの?あと、ボーダーでこれ知ってる人ってどのくらいいる?」

「あー、それ、進学校でもちょっと出回ってましたよ。てかそれが回ったのってお嬢様学校かららしいですよ。たまたまそのポスター見つけたボーダーをよく思わないお嬢様が、こんなポスター防衛機関に相応しくないって文句言ったらしくて」

横から口を挟んできたのは風間隊アタッカーの菊地原だった。わざと憎まれ口を叩くのが可愛くていつもなら出会い頭にいじり倒すのだが、今はそれどころじゃない。

「お嬢様校だって…?」

それはとてもまずい。あそこには常に私を目の敵にしてる正義の後輩と斧を振り回す純情で激情な親友がいる。

「そ、お嬢様校です。普通校に写真が回ったのは遅めだったみたいですねー。それじゃ、頑張って下さい」

予知のサイドエフェクトもないくせに、始めから全てを察し足早に去る菊地原。

残されたのは何の予知も出来ない佐鳥と全てを理解した上でどうしようも出来ない私だった。

そして背後から声がかかる。

「こんにちは、藍屋先輩。少しお話しを伺いたいのですがお時間ありますか?」

凛としていながら冷たく、尚且つ怒りを隠そうとしないその声。
びくっと肩を揺らしそうっと振り返る。

「あれ、木虎?木虎も先輩に用?ポスターのことならおれが先に伝えたから大丈夫…」

バギィッ

命知らずにも声をかけた佐鳥の声に被さったのは目の前の人物ーー嵐山隊オールラウンダー木虎の持つバインダーにヒビが入った音だった。

「佐鳥先輩は黙ってて下さい」
「…はい」

「藍屋先輩」
「…はい」
「そのポスターの件についてなのですが、あれはどういうことでしょうか?」
「どういうこと、とは…?」

2歳年下の女の子相手に敬語である。彼女の有無を言わさぬ気迫に、生理痛頭痛のダブルパンチに加え胃まで痛くなってきた気がした。


そもそも木虎ちゃんがここまで私を嫌うのには理由がある。
彼女が密かに想いを寄せていた彼女より一つ年上のボーダー屈指のイケメン隊員烏丸京介が、過去に私と付き合っていたからだ。
しかしそれはそのとき私にしつこく交際迫ってくる相手がおり、京介くんも頻繁に来る告白を断る理由にちょうどいいという利害が一致した上での付き合ったフリだった。
そうとは知らずに木虎ちゃんは深く傷つき、焦ってネタばらしをして彼女のプライドをさらに傷つけた私は当然の如く嫌われた。

つまり、私が完全に悪者であり彼女からの敵意を受け入れるしかないのである。

「このポスターは、ボーダー隊員勧誘の宣伝として些か不適切だと思われます。現に私の学校の生徒からもそのような苦情を受けました。このことについて先輩はどのようにお考えでしょうか?」

辛うじて先輩呼びだが言葉はまるっきり他人行儀だ。先輩つらい。

先ほどのバインダーには例のポスターのコピーを挟んでいたようで前に突き出し私に見せつける。直視したくないので正直やめて頂きたい。
バインダーのヒビに沿って私の胴体がクシャクシャになっているのも痛々しい。

「ええっと、それなんだけど…」

「やっと見つけたわ!!ちょっと律??これは一体どういうことなの!?!」


私が言葉を発する前に背後から怒りを露わにした声が掛かる。振り返らなくても分かる。小南だ。(ちなみに昔は桐絵ちゃんや桐絵と呼んでいたが成長するうちに気がついたら小南と読んでいた。別に心の距離が出来たわけではない)

振り返らない訳にはいかないので木虎ちゃんに背を向け、最初の進行方向に体の向きを戻す。

顔を真っ赤にし(おそらく走って私を探し回っていたのだろう)、怒り心頭といった小南を見てげんなりする。

こりゃ抑えるのに苦労するなぁ。
心なしか茶色のロングヘアーも逆立って見える。

いつもならお菓子1つですぐに機嫌を直すちょろさなのだが、一度本気でキレた小南は中々抑えがきかない。

「あー小南…落ち着いて、ちゃんと説明するから」

「落ち着けないわよ!!何あの写真?!私の知らない間にあんなことさせられてたなんて…!!…いくらお金のためだからってあんなの私が許さない!!」

どうやら小南は私がボーダーに泥を塗ったことでなく、私がお金のために嫌々あの写真を撮らされたと思い怒っているようだ。
予想外の小南の心配はちょっと嬉しい。だがそれどころではない。生理痛がやばい。
冷や汗と脂汗が体に同時に流れる。

「お金のため…?」と後ろで木虎ちゃんの怪訝な声が聞こえた。
本当はお腹が痛く屈み込みたいのだが、状況が許してくれない。すでに周りにはちらほら野次馬が集まっている。

何か言わねばと口を開きかけたとき、

ガチャ

小南と私間のドアが開いた。

「おーい、人の部屋の前でうるせぇぞー」

ちょうどそこは太刀川隊隊室で、中にいたのは言うまでもなく慶だった。

またもや私は話を遮られた形だがむしろ彼に感謝した。
これで小南が奴に気を取られれば木虎ちゃんの相手を専念できるし、ちゃんと2人での席を設けてから生理痛だから後にしてくれと頼めるだろう。

「ちょっとー?!太刀川!!邪魔しないでよね!?」

案の定小南は太刀川に噛み付く。しめしめと思っていると慶は小南を無視し、私と小南、それに木虎ちゃんを交互に見渡しふむ、と何か考え込んでいる。

何を考えてるんだ。頼むから余計なことはするなよ…?

私の思いも虚しく慶はマイペースにとんでもないことを言う。

「そういや律。確か今日俺と模擬戦30本やる約束だったよな?よし、今から訓練室行くぞ」

「「「はぁ??」」」

私、小南、木虎ちゃんの3人の言葉が重なる。何を言ってるんだこいつは。そんな約束した覚えはない。
先程まで小南や慶といった先輩の手前だからか(ちなみにそこに私は含まれていない)静かにしていた木虎ちゃんがさすがに声を上げる。

「ちょっ、ちょっと待って下さい太刀川さん!先に用があると声をかけたのは私です!模擬戦はその後にして下さい!!」

「んん〜?やだよ。だってこいつまたどうせバイトだもん。すぐにいなくなるからな。それに約束なら俺は1週間前からしてたんだから俺の方が先だな」
でまかせをペラペラと話す慶だが、実際私と慶はよく模擬戦をやるので木虎ちゃんは嘘かどうか計り兼ねているようだ。

「ちょっと太刀川?あんた何言ってんのよ?少なくとも私のが先に律に話しかけたんだから待ってなさいよ!
それに、こんな状態でどうやってここを抜ける気なの?」

すでに小南にはトリガーを起動させ双月を装備している。
おい、本部内で何をする気だ。

「ふっふっふっそれはなぁ…おい、佐鳥ちょっと来い」

今までずっと物置と化していた佐鳥は名前を呼ばれぴょこぴょこと慶に近づく。

「は、はい?!なんですか太刀川さ…ってえ?!ちょっ、何を…わあああああああああ!!」

佐鳥を呼びつけた慶はトリガーを起動し佐鳥を抱え上げ、木虎ちゃんに向かって投げつけた。
私に詰め寄るため急いで本部に来た木虎ちゃんは生身。ついでに私にポスターのことを知らせるために急いで本部に来た佐鳥も生身である。

危ない!!

そう思ったのも束の間、木虎ちゃんは素早くトリガーを起動し、佐鳥を受け止めようとする。しかし完全に受け止めることはできず2人とも床に倒れこむ。

「あっぶな!慶あんたやり過ぎだよ…っておい、何を」
「よし、行くぞ」

慶は私の方へ歩み寄り、突然私を担ぎ上げる。そして木虎ちゃんが倒れている隙に横をすり抜け走り出す。

「太刀川ああああ!!こらー!!待ちなさあああい!」

当然小南が怒りの形相で追いかけてくる。私は進行方向とは逆向きに担がれているので小南がよく見える。

「ちょっと慶!何してんの離せ!!てか私この体制パンツ見えてない?!」
「安心しろ!俺が尻抑えてやってるから大丈夫だ!」
「何が安心しろだ!お前がケツ触ってんだろが!!おろせ!!」
「だから安心しろって!俺は迅と違って尻よりおっぱいの方が好きだ!!尻には興味ない!!」
「だからそのおっぱいもお前の背中に押し付けられてるよ!!おろせ!!」
「…嫌だ!!」
「てんめぇ…!!ってわー!?!小南が足に向かって斧投げてきたよ?!シールドシールド!!」
「まじで?!ぎゃあああ!!」

そんなこんなで私を担いだ慶と斧を振り回す小南で本部内鬼ごっこが始まった。

最終的にメテオラまで使い始めた小南を見て生身である私が一番命の危険があることに気がつき、慶と協力して逃げ回るはめになった。

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