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その考えがとても甘かったと実感させられたのは、太刀川が稽古に加わってから1ヶ月が過ぎた頃だった。

1日30戦の模擬戦で結果は16対14。太刀川の勝ち。
つまりはそういうことだった。

模擬戦終了後、慶は大騒ぎして無茶苦茶な喜びようだった。(忍田さんが慶と呼んでいるのがうつったのと、使っていくうちに慶の方が呼びやすかったことから私は早々に太刀川から慶へ呼び方を変えた)
それに対し、私は特に泣き喚いたり僻んだりすることはなく至って冷静だった。

「おめでとう、慶。ついに負けちゃった。でも次は負けないからね!」
そう言うと慶は予想外だったのか拍子抜けな様子だった。
別に予想外なことじゃない。いずれこうなると分かっていた。

慶と一緒に稽古を始めてから彼の技術面での才能にやっと気が付かされた。
初対面で50戦をやったときは普通よりもちょっと上手かな、くらいの印象だった。
だかそれはかなり可笑しいことだった。その時慶はボーダーに入隊してからまだ2週間の新人で、旧ボーダー時代の隊員と同じレベルで強さを測ることなど本来は出来ないはずだった。

忍田さんはどうやってこんな人材を見つけたのだろう?

初めて一本取られたのは1日30戦を初めてから5日目のことだった。
その一本はまぐれ当たりなんかじゃなく、慶の実力なのだとすぐに分かった。
それほどまでに日を追うごとに慶はメキメキと実力を上げていた。それも尋常じゃないスピードだった。

ああ、これが天才なのかと思わずにはいられなかった。
当時まだ13歳だった私につきつけられた明らかな才能の差に、私は悔しがることが出来なかった。圧倒的過ぎたその力に自分の惨めさばかりが気になり、慶に対する感情は生まれることがなかったのだ。

初めて戦ったときの彼を思い出す。私が憧れた姿だった。だが実際追う側に変わってしまってから、あんなの私には無理だと思った。
「次は負けないからね!」と言いつつ、もう一度勝つことは出来るのだろうかと考えた。

つまるところ、私は太刀川に勝つことを諦めてしまったのだ。

しょぼすぎ。
慶は50連敗しても勝つことを諦めなかったのに、私は一回負けただけで諦めるなんて兄弟子としてどうなの? もっと踏ん張れよ私。

自分で自分を詰り、気を奮い立たせようとしても気持ちは全く変わらなかった。
涙も出なかった。ひどく冷たい空気が胸いっぱいに入り込んでいた。

その日はすぐにうちに帰ってすぐに寝た。
帰る間際に忍田さんに見つかり、「お疲れ、よく頑張ったな」と言われたが「それは慶に言ってやってください」と返事をした。目線は合わせなかった。

なんだかまるで、拗ねてるみたい。
ベットに寝転がりながら他人事のように考えた。

こんな弱っちいなら私、弟子降りたほうが良いのかも。

涙が出るかと思ったがやっぱり涙は出なかった。そこまで考えてその日は眠りに落ちた。



朝、6時ぴったりに眼が覚める。

愛犬のあんこ(ドーベルマンのメス6歳)と一緒に家を出る。30分程のランニングを終え、学校の支度をしようとして今日は土曜日だということに気が付いた。

いつもの土曜日なら平日よりも少し遅めに起きて、家事をやってから昼過ぎに家を出る。だが昨日負けたにも関わらず孤月を振るいたくなり、すぐに家を出た。

8時前には本部に着いた。土曜の朝はやっぱり人が少ない。
しかし直ぐに幼馴染の姿を見つけた。背後から近づいて肩に飛びつく。

「きりえっ!おはよ!!模擬戦しよ!!」
「あれ?律じゃない!こんな早くに来るの珍しいわね。…ふふん、良いわよ、また私の双月でギッタギタにしてやるんだから!」

いつもの高飛車な声で明るい色のサラサラロングヘアーを揺らすのは幼馴染の小南桐絵である。
旧ボーダー時代からのメンバーでもかなり古参に入る彼女は唯一の同い年の女の子だった。小学校時代、ろくに学校に行ってなかった私にとって唯一無二の親友と言っても過言ではない。

「ふふーん、望むところだよ〜〜。あ、でも今日は私孤月だから。黒トリガーは使わないよ」
「あら、そうなの?まぁいいわ。さっさとやるわよ!」

実際に使うとなるとかなり便利ではあるが私の黒トリガーは何点か問題がある。そのため普段の防衛任務では基本的にノーマルトリガーを使用することにしている。だから模擬戦をするときでも黒トリガーのときとノーマルトリガー(言わずもがな孤月)のときとで使い分ける。ちなみに慶と1日30戦のときは必ずノーマルトリガーを使っている。

ブースに入って深呼吸をする。桐絵と少し話しただけで胸が温かくなった気がした。



10本勝負で5対5。黒トリガーであればトリガーの性能上私が勝つことが多いのだが、ノーマルトリガーでの結果であればいつもと同じくらいと言えた。

「ねえ、律。あんたもしかして落ち込んでるの?」

だから桐絵にそう聞かれ、素直に驚いた。なんで彼女がそのことを知っているのかということもある。しかし全く無自覚ではあるが、原因に心当たりがあるので否定は出来ない。

「…そう見える?」
「サイドエフェクトで隠してたのかもしれないけど、戦闘中も上の空だったじゃない。…何、もしかして昨日太刀川に負けたので凹んでるの?」
「…うっ」
恐らく図星であるので何も言い返せない。桐絵は基本、人の心の機微に聡い方じゃない。むしろ良くも悪くも鈍い方だと思っていたが、その桐絵が分かるほど私は落ち込んでいたのだろうか?

「えええ、あんた本当にそれで落ち込んでるの?一回負けただけじゃない!!そんなの凹んでる暇があったらさっさと取り返しなさいよもう!!へんなとこでチキンなんだから!!」

ストレートな桐絵の言葉がぐさぐさと突き刺さる。いつもならさらっと受け流すような言葉もなまじ自分で思っていたことと一緒なので、正面から受け止めてしまう。

「そーうなんだけどねぇ、あはは…」
「…律、本当に大丈夫?辛いんだったらそんな笑ってないでもっとどうにかするべきよ?」

笑って誤魔化そうとしたら、さらに心配されてしまった。
余り期待はしてないが半分なげやりな気持ちで続きを促す。
「…どうにかって?」
「えっ…えっと…あ、そうだ!ほら、あんた誰にもそのことを相談してないんでしょう?戦闘のときはともかくあんたって辛いこととか悲しいことがあっても周りにほとんど言わないじゃない??誰かに気持ちをちゃんと話すべきよ!そうよ、忍田さんに一度相談すればいいじゃない!」

意外とまともに帰ってきた返事に私は感心するでもなく、有難いと思うでもなく、ただこっそり妬ましいと思った。

そんなの、家族がいる人が言えることだよ、桐絵。

こんな私以外に落ち度のない、解決口が分かりきってるただの愚痴、他人には言えないでしょ?
忍田さんは、私にとって家族みたいに大切な人だけど、実際に忍田さんは別に家族がいて、今では他にも弟子がいて仕事だって大忙しだもの。只でさえ普段から迷惑を掛けているのに、こんなことで心配させたくない。
それに昨日あんな別れ方をして今更なんて行けないよ。
私は誰にこんなかっこ悪いことを言えばいいの?

思わず零れそうになったどす黒い言葉は全部飲み込んだ。その代わりに笑顔を貼り付けて「そっかぁ…そうだよね。ちょっと考えてみる。ありがとう、桐絵!ごめん、私、この後ちょっと用事があるからもう行くね」とだけ言って足早に席を立った。
まだ心配そうな彼女の視線を背中で感じながら逃げるようにその場から去った。



その後一度家に帰り、昼過ぎになってから忍田さんと慶との稽古が始まった。はじめは少しぎごちなかったが、私がいつも通り笑っているのを見たからかその後は何も問題なく稽古は進んだ。
そして、最後に1日30戦の慶との模擬戦。
結果は11対19。私の負け。

終了後ブースを出ると慶が今まで見たことのない怖い顔をしていた。私が出てくるのを見つけるなりツカツカと歩み寄り、私の胸倉を掴む。経験のない恐怖と驚きで抵抗が出来なかった。

「おい、お前!手ェ抜いてんじゃねぇぞ!!バカにしてんのか?!」
「はぁ??」

突然何かと思ったらとんだ言いがかりだ。私は手なんて一度も抜いたことなどない。慶に乗せられ私も言い返す。

「何言ってんの?昨日勝ったからって調子に乗ってるんじゃない??私は手なんて抜いてない!!あんたが勝手に強くなったんでしょう?!勝手に思い込んでバカみたい!!」

「なっ…てめえ!」

何か地雷を踏んだらしい。慶はさらに胸倉を掴み上げた。

「ちょっ…苦し…っ、」

息が苦しくなり声が漏れるが慶はお構い無しだ。無理矢理解こうとするがビクともしない。

「おい、慶、手を離せ」

背後から忍田さんの声が響いた。普段聴くことのないひどく重さのある声だ。
そこでようやく私が苦しんでいるのに気がついたのか慶は私から慌てて手を離す。
咳き込みながら体の向きを変え、忍田さんの顔を見る前に頭を下げた。

「げほっ…今日もありがとうございましたっ…ゴホッ…それでは、失礼します」

顔を上げた時忍田さんと一瞬目があう。目から感情を読み取ってしまう前に振り返り出口に向かう。慶は何か言ってきそうな気がしたが無視して通り過ぎた。

結局私が去るまで2人とも何も声をかけて来なかった。

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