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□A
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「うおっ!なんだその刀は!!ズリィ!!」
「全力って言ったのはそっちでしょっ」
ぴょいぴょいと仮想戦闘モードの市街地の屋根を飛び回る男を私はひたすら追い詰める。

そもそも始めて2週間の訓練用トリガーの太刀川と、もう何年も前からボーダー隊員として日々研鑽を重ねている黒トリガーの私とでは勝負になるわけがない。忍田さんはなんでこんなことをさせたのだろうと思った。

私の手にしているのは孤月ではなく黒トリガー専用の大きなブレード。見た目は大鉈に近い。孤月よりも刃が広く倍以上の長さのある先の尖った大きな刀だ。
これはかなり便利な代物で重さは孤月よりも軽く、形や大きさを好きなよう変えることができるし、2つに分けて二刀流孤月のように扱うこともできる。
トリオンの消費量も少なく使いやすくはあるがこれはこの黒トリガーの付属品に過ぎない。
実際黒トリガーの機能をフルで使ったとなると恐らく太刀川は攻撃を仕掛けることもままならないだろうが、私自身のトリオン消費量が激しく副作用も出てしまうため使わない。

ブースの外で忍田さんは黙って見ていたが、なんだか弱いものいじめをしているようで気まずかった。

しかし10戦目を超えてからはそんな風に考えることなど出来なくなった。
決して私が負けているわけでも押されているわけでもない。太刀川が瞬殺され続け、私が勝ち続けている。
そんな状況で太刀川ははしゃいで遊んでいる子供ように笑っていた。

なんでこの人こんなに楽しそうなんだ?私は太刀川とは対照的にずっと戸惑いを隠せずにいた。

10回も瞬殺されれば戦意喪失するだろうと思っていたがもう一回、と何度も頼まれる。何度切っても逃げることなく私に正面から向かってくるのは理解が出来なかった。

しかし40戦目を数える頃、小さな変化があった。
いつもは太刀川は正面から向かってくるため、こちらのリーチを生かしあちらの攻撃が届く前に先制攻撃で倒していた。だが、この時太刀川は私の初撃を初めて避けたのだ。

ーーっ!!相手の間合いに入られた!

一度は焦ったが落ち着いて距離を取り、先程よりもスピード上げて刀を薙ぐ。あっけなく40戦目の勝利を挙げた。

ーーあぁ、そうかこの人はいつも私に本気で勝つ気でいるのか。

連敗し続けてもなお、決して勝負を止めようとしない彼の行動にやっと納得がいった。
初撃を避けた彼の表情を見て、忍田さんに挑む自分を重ねようとした。

しかし分からないのが彼の表情だ。なんでこの人は連敗し続けているのにこんなに楽しそうなんだろう。
自分よりもはるか格上の相手に少しでも勝とうと泥臭くもがくのはとてもよく分かる。だがそんな時にこんなはしゃいだ顔になるだろうか?幼いながらに被虐趣味でもあるんじゃないかと思った。
結局忍田さんにより長かった模擬戦が終わっても私にその理由は分からなかった。

結果は50戦50勝で私の勝利だった。
当たり前といえば当たり前だ。40戦目のあと2.3回私の攻撃をさけることは出来たものの、彼の刃が私に届くことはなかった。

「あの…太刀川、さん」
気が付けば彼に声を掛けていた。模擬戦をする前は直接話すのも抵抗がある程嫌悪感いっぱいだったのに、気付いたらそんなものは無くなってしまっていた。

お互い個室から出てきて開口一番、まさか私から声を掛けられると思わなかったのかちょっと驚いた顔をする。
「太刀川でいい。あと敬語も使うなよ」
後付けした『さん』も見破られ、使おうとしていた敬語も先手を打たれ言い淀む。

「お前、すごいな」

自分が何て言おうとしたのか、そればっかりを考えていたため彼が何を言ったのか一瞬分からなかった。

「…え」

戸惑う私に構わず彼はバッと私に向かって頭を下げた。

「悪い。正直模擬戦やる前は本当にお前のことを舐めてた。言いたくないことも言わせちまってごめん。口も悪かった。
最初は勝てなくても10戦もやれば一本取れると思ってたんだ。だけど全然駄目で。駄目だって気がついても少しずつ観察して、アプローチかえて何とか刃が届かないかって夢中で考えた。初めてお前の攻撃を避けられた時、めちゃめちゃ嬉しかった。凄い楽しかったんだ。
お前が俺のこと気に入らないのは分かってるし、さっきまで散々付き合わせた手前言い難いけどまた俺と模擬戦やってくれないか」

先程言ったように私にとって大人の男性とは忍田さんや城戸さんのような人たちのことを言う。もう少し年下かもと思い悠一くんやレイジさんで考えてみても、彼らは私にとってお兄さんであり、私に頭を下げたりこんな本気で必死に何かを頼んできたりしない。
年上からのこんな対等とも言える対応は初めてで、なんだか申し訳なくなりこっちが焦る。

「ちょっ、ちょっと、顔上げて下さい!」
ゆっくりと顔をあげる太刀川。目は前と同じ何を考えるかわからない目だったが呆れ顔だ。
「敬語やめろっつったろ。俺弟弟子だから」
こうゆうタイプは初めてでついて行けない。真面目かと思いきやすぐに元に戻る。全くもってやり難い。いちいち反応に困る。
さっきまでの真剣さはどこに行ったのかボリボリと頭を掻き、あー疲れたなどと言っている。

私今この人に頭下げられて謝られたんだよなぁ。
一人で焦ったちょっと前の自分が馬鹿らしく思えた。
しかしその場から動かないところを見ると彼は私の返事を待っているらしかった。
黙っているままは居心地が悪く、考えもまとまらないまま話し出す。

「あの、私もごめんなさい。…初めてに聞いて気分が悪くなっちゃうようなこと言って。つい悪い態度をとっちゃった。あ、忍田さんにも謝らなきゃ…あ、あと、模擬戦は私からもお願いしたい」
私もあなたから学びたいことがあるから、とだんだん尻すぼみになりながら言った言葉が彼に届いたかは分からない。だが彼は満足そうだった。
「なんだ、俺思ったより嫌われてない?」
「初めはやだったよ。だけど50戦交えて情が湧いた」
正直に言うのは恥ずかしいので冗談めいて答える。そりゃ良かったと太刀川も笑う。

「そういやお前、俺に何か言おうとしてなかったか?」
「先に遮ったのはそっちでしょ。まぁそれはもういいよ。そんなことより私の名前はお前じゃないよ。藍屋律。苗字は慣れてないから律って呼んで」
「おう、よろしくな律」
そういって太刀川は私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

結局のところ私はただ只管に、負ける恐れよりも先にもっと戦いたい、強い敵を倒したいという本能を持つ彼を羨ましく思ったのだ。
3歳も年下の小娘に完敗し、それでも戦ってくれと頭を下げる彼の真っ直ぐな戦闘への強い気持ちに憧れた。

そしてそれがちょっとカッコいいと思ってしまったなんて、彼のことを気に入ってしまったなんて今更本人には言わないけど。

明日からの稽古がいつもよりも楽しみになった。

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