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□B
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気がついたのはバイトを終え、帰路についたときだった。
忙しさにかこつけ、ずっと先延ばしにしていた元彼への返信。今日中に返しておこうとスマホをカバンから取り出そうとした。
「…?」
いくらカバンを漁ってもスマホが見つからない。バイト先であるコンビニに引き返そうと思ったが、今日は仕事の休憩時間は学校の宿題をしていたためスマホは使っていない。
最後に使ったのはボーダー本部に降ろしてもらった直後、時間とシフトを確認したときだ。
「あ〜本部に忘れたか〜〜」
おそらく影浦さんと模擬戦をする前に個室で使い、そこに置いてきたのだろう。遅刻寸前で慌てて出ていったため忘れ物の確認などしなかった。
私の自宅は本部のすぐ近くで、寄るのにそう時間はかからないが正直今日は早く布団に入って寝たい。時間はすでに11時を回っているはずだ。
朝一に取りに行こうかと考えるが、やっぱり元彼への返信ができないのが気になる。
「本部まで行くか…」
独り言だとは分かっているが声に出さないとやっていけない。
自宅を通り過ぎとぼとぼと本部まで向かった。

「げ。律じゃん。今から本部向かうのか?」
本部と自宅のちょうど中間地点で出水米屋三輪の3人と遭遇した。
「げ、って何。ちょっと本部に忘れ物のしたから取りに行くだけだよ。そっちこそこんな時間まで何してたの」
あからさまにギクリとしたのは出水と米屋だ。
「い、いや俺たちはあれだ。残って飯食って宿題やってたんだよ」
明らかに怪しい。こいつらが残って宿題をやっていたところなど見たことがない。
「本当?」
今度は三輪に聞く。すると意外にも三輪は頷いた。
「あれ?まじで?」
「おい!その信用の差は何だ!!」
ここぞとばかりに出水と米屋は抗議してくる。
「あーはいはい、ごめんごめん。疑ってどうもすいませんでした。とりあえず私行くから」
これ以上彼らと絡んでいても時間が削れるばかりだと判断し、会話を打ち切ろうとする。
「あっおい待てよ!」
通り過ぎようとした私を米屋が肩を掴んで止める。
「…今度は何」
めいいっぱい不機嫌さを面に出してみると米屋は一瞬怯んだが肩から手を離さない。
「う…いやほら、もうこんな時間だろ?女子1人で出歩くのは危ないっていうか……スマホなんて明日の朝取りに行けばいいだろ?な!!とにかく今日は帰ったほうがいいって!…あ」
米屋は自分の失言に気がついたようでオロオロし始める。私は忘れ物がスマホだなんて一言も言っていない。何言ってんだバカ!っと出水が小声で米屋をどついており、三輪はだからやめろと言ったんだと額を抑える。
全くこいつらは…
はぁ、と今日何度目になるか分からない溜息を吐いた。

「米屋」
「はいぃ!!」
米屋の背筋がぴーん伸びる。
「私は今日、本部に寄らずに家に帰ったほうが良いんだよね?」
「ヒッ!ごめんなさ…あれ…?」
「帰ったほうが、良いんだよね??」
「…え」
「帰ったほうが、良いんだ、よ、ね?」
「あ!はい、うん、そう!危ないからな!俺たちが送ってってやるよ!な!!」
やっと意味を理解したらしい米屋が私の背中グイグイ押してくる。そうだそうだと出水も続き、私は進路変更して自宅に向かった。
もはやこいつらが私の模擬戦中にスマホを隠したことは明らかだが、あえて突っ込まない。何か企んでいることは確かだがさすがにこれでただのイタズラということはないだろうと判断した。

結局帰路の途中では何事もなく無事に自宅に着いた。そもそも何か起こるとは思っていなかったし、仮に夜道を1人で帰って何かが起きても対応できるだけの経験と実績はある。そこはあの3人もボーダーの上層部でさえも認めるところであるが、女子高生としては些か素直に喜べない。実際バイトも夜勤が多く周りに過保護になられても困るところではあるのだが。乙女心は難しい。

何はともあれ3人とは別れ、庭で愛犬の小豆(ドーベルマン2歳のメス。ちなみに体重42s)に出迎えられた。無言で玄関を開け部屋に入り、ブレザーだけ脱いでベッドになだれ込む。
あー。返信しときたかったなぁ。
若干の心残りがあるが今からベッドから出て本部まで向かう気力はもうない。
そのままうつらうつらと眠り込んでいった。



「…い、…、おい、律、大丈夫か?!」
誰かに揺すられ目が覚める。
「…んん」
ぼやけた視界の中でゆっくりと辺りを見渡すと、
「え、あぇ、忍田さん!?」
一気に目が覚めた。同時に飛び起きる。
そこにいたのはボーダー本部長の忍田さんである。
慌てて状況を確認する。部屋の電気も点けっぱなし、制服を着替えてさえもいなかった。時計を見るとまだ12時を回ってはいない。
「よかった。その様子だとただ寝ていただけのようだな。鍵も開いていたし、電気も点けっぱなしで倒れていたから」
心配したよ、と忍田さんは優しく笑う。
その表現を見るとぎゅっと胸が痛くなる。昔のように抱きつきたくなる衝動をぐっと抑えた。
忍田さんは幼いころからの私の剣術の師匠であり、
私の好きなひとである。
昔から大好きであったがこれが恋に変わったのはいつからかは分からない。
当の本人は現時点で私の気持ちに全く気がついておらず、私のことを可愛い弟子としてしか見ていない。 そんなことは私だけでなく周りの誰もが分かっていることだった。

「忍田さん、お仕事帰りでしょう。こんな時間にどうしたんです?」
今でも頻繁にうちに来て様子を見にきてくれる忍田さんではあるが、こんな時間に尋ねてくれることは滅多にない。何か緊急事態だろうか、と少し体に力を入れる。
「あぁ、そうだ。これを」
そう言い忍田さんがスーツのポケットから取り出したのは私のスマホだった。
ーくそ、やられた。
出水と米屋のニヤつく顔が思い浮かぶ。別の意味で体に力が入り顔が強張った。
「出水と米屋に頼まれたんだ。帰りの遅いお前に自分たちは直接渡せないから代わりに渡してやってくれってな」
「わざわざすいません…!ありがとうございます…」
焦って受け取るが段々忍田さんの顔を見れなくなってくる。
あの二人がこんな小細工をして今日忍田さんをうちに呼んだということは、つまり

今ここで告白しろってか!

あの二人ならしそうなことだ。それに他の理由も思いつかない。
告白するにしたって服も髪も寝起きでぐしゃぐしゃ、風呂にさえ入っていない状況でできるか!
てか、告白なんてしたことないし。なんで切り出せばいいわけ?!
頭の中で思考がぐるぐる回る。軽くパニック状態だ。

「律」
ベッドに腰掛け俯いたままの私に視線を合わせるよう忍田さんは私の前にしゃがみ込んだ。静かで優しい声だった。私は一瞬で我に帰る。
「お前何かつらいことはあるか?お前の事情は分かってはいるが、今日だってさっきまで働いてきて何もせず寝入ったんだろう?少しくらい休憩したり、俺じゃなくてもいい、誰かに頼ったりしていいんだ。一人でかかえこまないでくれ」
ぽんぽんとわざと私の頭を優しく撫でる。

自分だってさっきまでずっと働いてくせに。しかも最近はイレギュラー門が頻繁に出現し上層部の頭を悩ませている。
会議をしても一向に状況は改善されることなく最近はずっと残業続きだろう。
そんな中でもわざわざ私の様子を見にきてくれ心配もさせている。
なんだか自分がすごく子供のようで、私の頭を撫でている忍田さんの手がいつもより大きく感じた。
告白だなんて、できるわけない。

「…忍田さん」
「うん?……うおっ?!」
がばっと立ち上がり油断していた忍田さんに向かってタックルをかます。手と腰を床についた忍田さんの上に乗っかりそのまま抱きつき、胸に顔を埋める。
「お、おい…」
「ねぇ、忍田さん。私つらいことなんて、全然ないんですよ。だってつらいって思う前に忍田さんが来て、全部無くなっちゃうから。それにね、頼んでもいないのに勝手にお節介焼いて、私を励まそうとしてくるバカな友達もいるんです。凹んでる暇なんてないですよ」
一言ひとこと、自分で確認するようゆっくりと紡いでいく。顔を上げると忍田さんはびっくりした顔のままである。(顔を上げた時に思っていたよりも忍田さんの顔が近く私もびっくりしたが必死に隠した。)
「だから、心配しないでください」
にっこりと笑うとしばらくして忍田さんもやっと笑ってくれた。
「そうか」
そう言うと忍田さんは私を自分から降ろし、立ち上がった。それから忍田さんはさくさくと帰り支度をし、最後に
「お前はどんどん大人になっていくなぁ」
と言葉を残し帰って行った。
自分では到底そんなことは思えなかったが胸が暖かくなった。

忍田さんが帰ったあと玄関の扉を閉め(一度うちを出た忍田さんがわざわざ引き返してきて『夜はかならず鍵を掛けなさい!防犯意識が低すぎる!』と言いに来た。ついでに久しぶりのゲンコツももらった。)少し寝たからか眠気が覚めたたため風呂に入り、制服もきちんとハンガーにかけてから再度ベッドに潜る。
そしてスマホを取り出し、元彼とのメッセージ画面を開く。

『言いにくいことを言わせてごめんなさい』

『私はまだまだ子供であなたの彼女になるには未熟でした』

『今までありがとう』

『さようなら』

メッセージを打ち終わると彼との過去のメッセージの履歴を全て削除した。

「ごめんね、ありがとう」
一度だけ声に出して私は眠りについた。

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