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放課後。
いつもなら学校のチャイムが鳴り終わると同時にボーダー本部へ直行するが、今日は校門で迎えの車を待っている。
これからコンビニのバイトでも防衛任務でもない、市外向けボーダー隊員勧誘ポスターのモデルのお仕事だ。

モデルのお仕事は2年前から数回程度やらせてもらっている。
きっかけは2年前、ボーダーと提携している広告会社の社長さんが突如出現したイレギュラー門に遭遇し、偶々居合わせた私に救助されたことだそうだ。
そのときの記憶など私にはほぼないが社長さんは私のことを覚えており、私の戦闘シーンを見て何かビビッときたらしい。まあコスプレみたいな格好をした二刀流の少女が現れて、目の前の巨大なモンスターを切り倒していたらそれは印象に残るだろう。その後社長さんは私を必死に探したそうだ。
ボーダー伝いでやっと私を見つけた社長から初めて誘いを聞いたときは、即断るつもりでいた。
写真を撮られるのは好きではないし、その写真が知らない多くの人に見られるのはまだ中学生であった私にはおぞましいことだった。しかし、提示された報酬額を見てそんな考えは吹き飛んだ。元々ボーダーの給与と三門市からの補助金で学費、生活費、その他諸々を繋いでいた私にとって一ヶ月分の生活費に等しい額だ。
私は敢えて報酬額を聞いても渋り、値を上げられるだけ上げた上で了承した。社長さんは君を営業部に勧誘したいよ、と苦笑していた。

3分と待たないうちに広告会社のロゴが入ったバンが目の前に止まった。
「律ちゃんお待たせ。ごめん待ったかい?」
助手席から顔を出したのは我らがボーダー外務・営業部長唐沢さんだ。いつも付き添いで来てくれている。
「こんにちは、今日はお願いします。全然大丈夫ですよ。今来たところです」
「やぁやぁ、君が藍屋律ちゃんだね?初めまして、こんにちは。はいこれ名刺。いやぁ、やっぱり本物見ると可愛いなぁ。カメラマンの腕がなるね、こりゃ!」
運転席から出てきた陽気な担当さんとの挨拶もそこそこに後部座席に乗り込む。

唐沢さんと担当さんは話が合うようで和気藹々とおしゃべりを続けている。たまにふってくれる会話に答えながら昼間の会話を思い出していた。


お前の言う『あの人』って誰のことなんだ?

屋上から出る間際に三輪が発した言葉である。私は思わず固まり出水と米屋は盛大に噴き出した。
初めは呆然としていた私だったがだんだんと顔が緩むのが分かった。
もしかして今まで『あの人』が会話に上がったときに三輪が一言も喋らなかったのは『あの人』が誰だか分からなかったからだったのだろうか?
『あの人』についての話は少なくとも三輪の前では高校生に上がる前からしている話であり、そう考えると三輪は1年以上も前から『あの人』が誰か分からず気になったままだったのか。
本来聞かずともボーダー内で律と交流の深い者は大抵察しているのだが。色恋沙汰にめっぽう鈍い三輪は分からないままだったらしい。

この質問を私ぶつけるのに1年もかかっちゃったのか。こーゆーの三輪絶対苦手で恥ずかしいだろうに。多分すごい勇気が必要だったんだろうなぁ。

なにそれ。かわいすぎるでしょ。

「うふふふふふふふ」
思わずにやけて声がでる。三輪は笑い者にされたと思い完全にむくれ、そっぽを向く。

珍しく弱っていた私を見て自分も何か声を掛けたくて、話がに加わりたくなって今日やっと聞いてきたのかな。
そこまで考えるのは自意識過剰な気もしたが勝手にそういうことにした。
つい意地悪をしたくなった。
「え、秀次くん?もしかして気になる?」
そっぽを向いた三輪の顔を覗き込み敢えて意地悪に返事をする。
うわ、顔真っ赤。かわいすぎか。
「別に教えたくないなら教えなくていい」
ここまでやってへそを曲げない三輪に少し驚く。いつもならなんでもない、なんて言ってさっさと退散してしまうだろう。

やだ、私結構心配されてたの?
こんなに素直な三輪は滅多にお目にかかれない。ちゃんとこちらも素直に答えて上げようとしたのだが、

「秀次ぃー、なんでもかんでも人に聞くのは良くないぜ?ちょっとは考えてみたらどうだ」
「そうそう、そーゆーのは本人に聞くもんじゃない。察してやるもんだ」

さっきまで笑い転げていたバカ2人が茶々を入れてきた。
「おい、何勝手言ってんだ貴様ら」
「…やっぱりいい」
三輪はふいっと体の向きを変えスタスタと屋上出口に向かっていく。
「えっ、ちょっと、三輪!待って!!」
ギロっとバカ2人を睨む。2人揃ってビクッと肩が跳ねるが無視だ。
三輪の後を慌てて追いかける。

そのあと教室に分かれるまで宥めてみたが三輪は「やっぱりいい」の一点張りだった。
全くなんて余計なことを!!

その後バカ2人にはジュースを奢らせ、和解は成功した。

昼間の出来事を思い出し、車中で前の2人にバレないようこっそり溜息を吐いた。


モデルの仕事は順調に進んだ。
しかし、いつもはC級戦闘服を着て孤月やらアサルトライフルやらを持ち(武器は全て模造品である)、敵を目前に戦っているような表情を指示されるのだが、今回渡された衣装はボロボロのセーラー服だった。
新しい担当さんの趣味なのだろうか、若干髪や顔に怪我や汚れた風のメイクを施しイーグレットの模造品を渡された。
そしていつも通り戦闘中の表情を作ると「違う!そんな怖い顔しなくていいよ!!ライフルは構えず抱きしめて!もっと色気出して!!」今までにない注文に初めは戸惑ったがなんとか注文通りにこなす。
色気ってなんだよ、と思いながら加古さんあたりをイメージするとOKが出た。

なんやかんやで予定通りに進み、撮影は無事終了した。
行き同様担当さんに送ってもらう。家の前まで送ろうかと言われたが本部に行きたかったので断った。
「いやー、それにしてもいい写真が撮れたなぁ。ありがとう律ちゃん!出来たらすぐ送るからね!」
「はぁ…ありがとうございます」
満足気の担当さんに曖昧に返事をする。実を言うと私は自分の乗ったポスターを見たことがない。サンプルが届いても確認は全て唐沢さんにお願いしている。
自分がでかでかと写ったポスターを観るのは恥ずかしいし気が引けるのは普通だと思う。
その後本部の前で降ろしてもらい唐沢さんとも別れた。

このあとバイトが入っているがあと一時間は余裕がある。誰か暇な人がいたら模擬戦でもしようと思っていた。いなければ宿題でもすればいいし、施設内をうろついていたらあの人に会えるかもしれない。
幸い暇をしていた影浦さんに遭遇し、10本勝負のケンカをふっかけられた。6:4で何とか勝利し、遅刻ギリギリでバイトに向かった。

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