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春の日差しが気持ちの良い4月の昼休み。素晴らしいランチ日和である。
だか春風が強く、花粉が飛ぶこんな日にも頑なに屋上で昼食を摂る奴は限られてくる。
勢い良く屋上のドアを開けると案の定その3人の姿をを見つけた。
「おう、律じゃん。どした?こっちで飯食う?」
私をいち早く見つけ米屋が声を掛けてきた。そして私が答えるよりも先に出水と自分の間を開け私の座るスペースを作ってくれる。出水もそれに倣いエビフライをパクつきながらずるずると横に移動する。

「急にごめん。今日はこっちで食べさせて」
ありがたく米屋と出水と間に座らせてもらう。ちなみに目の前にいる三輪は我関せずと言わんばかりに弁当をかきこんでいた。彼のそっけない態度はいつものことなので気にしない。

「ふぉんで?今日はどうしたんだ?」
エビフライを飲み込みつつ出水が尋ねてきた。
話を切り出そうとしたところに先手を奪われ一瞬躊躇う。すると間髪入れず出水が続けた。

「もしかして彼氏にフラれた?」

…当たり。
そう、私は振られ話を愚痴りにわざわざ強風の吹く屋上まで来た。あっさりと出水に当てられてしまいつい口ごもる。
それを見て出水は肯定と受け取ったようだ。
「で、今回はなんて言われたの?」
出水は淡々と尋ねてくる。私が愚痴りに来たのをあっさりと見破る。
こうなったらやけくそだ。わたしは無言のままスマホを取り出し彼とのSNSのメッセージ画面を開いて前に突き出す。
三輪もこの時ばかりは顔を上げ画面をチラリと見やる。出水、米屋も左右から覗き込む。

昨夜の私は彼と会話をしながら寝落ちしてしまった。既読が付いているのにも関わらず返事がないためすぐにそれに気づいたであろう彼は、私のスマホの電源が落ち既読がつかなくなった頃を見計らいメッセージを残していった。

『律、突然で申し訳ないんだけど別れたい』

『いつもお前が忙しいのにも関わらず俺に時間を作ってくれてたのは知ってるし、中々会えなくて辛いから別の女に乗り換えたいってんじゃない。いつも嬉しかったよ』

『だけどな、お前が誠実であろうとしてくれればくれるほど分かってしまうんだ』

『なぁ律、お前が本当に好きなのは俺じゃないだろ?』

『この半年間俺はお前の彼氏をやっていたわけだが、お前は俺と誰かを重ね合わせてるんじゃないかと思ってた』

『それでこの前見ちゃったんだよな。お前の家の前でお前と¨その人¨が会話してるの。そのときはのお前の表情見たら、あぁこの人だったのかって』

『多分無自覚なんだろうけど分かるんだよ、俺はお前のこと好きだったからな』

『本当は何年でも好きになるまで待ってやるつもりだったけどごめん。俺、自分で思ってたより甲斐性なくて、お前をそいつから奪い取る自信もないんだ』

『ずっと俺を好きであろうとしてくれたお前に非はないよ。俺が弱虫なだけなんだ』

『突然こんなこと言われてショックだよな、ごめんな』

『勝手な話だけど俺はお前の本当の恋が実ることを祈ってるよ』

『今までありがとう。それじゃあ、さようなら』


元彼は2歳年上の大学生だった。いつも私をリードしてくれ、仕事で時間が取れないことも理解してくれる大人であると同時に、私だけに見せてくれるいたずらっ子の少年のような笑みや嫉妬で拗ねた表情をいじらしく思いそんな彼を私は愛していたーー
と思っていたのはやはり、彼にあの人を重ねているに過ぎなかったらしい。
人の機微によく気がつき、聡い彼の言うことだ。おそらく彼の言っていることは正しいのだろう。
それに私には彼よりもずっと前から想いを寄せている人がいるのも事実だ。
今度こそあの人を諦めて彼を好きになりかけているつもりだっただけにこの言葉は痛かった。
半年続いたのは単に以前の男にくらべ今回の彼の懐が大きかったからか。

「うっわー、超痛いところ突かれてんじゃん。うん、これはこの人が正しいな」
一通り読み、出水はうんうんと頷きながらさらっと切り捨てる。こういう時の出水は私に容赦がない。米屋はあらあらと同情の混じった呆れ顔で、三輪は弁当を食べるのを再開している。

「知ってるよ…!そんなことくらい…!!
だけどさ、いきなりすぎるし全部勝手に決めちゃうし、だけど私のせいにせずあっさり泥かぶっておきながら後腐れなく去っていくの、ずるくない??!こんなことされたら最後の最後になって追いかけたくなっちゃうじゃん!!……そんなことできないの分かってるくせに」

彼のメッセージの全てに私を庇い気遣う細やかさが表れていた。だが私に彼を追いかける資格などない。結局は彼の言った通り私はあの人のことを吹っ切ることなどできず、重ねてしまうことしかできないからだ。

「そこでちゃんとその場の情に流されず思い止まれるのは偉いよなぁ、律は」
「最後でしっかり仕返しされてやんの」
見かねた米屋がフォローを入れてくれる。出水は相変わらず厳しい。
「そもそもお前さ、何でいつも告白断るときに『好きな人がいます』って答えないの?てかなんで断らないの?」
「それは…」

そんなこと、情けなくて言えるわけがなかった。

第一に何で自分がここまでモテるのか訳がわからない。
中2の春、突然モテ期が襲来した。元々運動は得意で率先して男女関係なくみんなと遊んでいたし、サイドエフェクトのおかげで勉強は常に三門市のトップをキープしていた。(もちろんそこにはあの人に褒められたいという思いも十分入っていた。)だが、それまで男子に告白されるというようなことは一切なく、運動神経の良さからメスザルと言われるようだ存在だったはずだ。
なのに中2の春、それまで私をゴリラと呼んでいたクラスと男子から真っ赤な顔をして付き合って下さいと言われた。その時にはすでにあの人が好きだった私は「好きな人がいるから」と断ろうとしたのだが、

ふと、考えてしまった。

これで私が断ってしまったらこの子はどんな悲しい思いをするのだろう?
もし私がこの子であの人が私のだったら…きっとすごく悲しいだろう。

一度そう考えてしまうと断るという判断ができなくなってしまっていた。結局断りきれずその子とは付き合うことになり、小さなきっかけで別れ、また別の子に告白され、断ろうとしてもなんであいつは良くて俺はダメなのかと聞かれると何も答えられず付き合い、別れるというサイクルが始まった。

高校生になってそのサイクルに少し変化が起きた。私がアルバイトを始めたために彼氏との時間が極端に減ってしまっていたからだ。元々ボーダーの防衛任務、模擬戦などで費やす時間が多くもっと遊べないのかと言われていたが、バイトを始めるとより一層時間が取れなくなり、彼氏側の不満ばかりが溜まる。
結果、高校に上がってからは一方的にフラれるばかりになった。
「ごめん、さすがに一ヶ月デートに断られ続けるときつい」
「バイトばっかり入れて、本当は俺と別れたいんじゃないの?」
去っていく男はそう言い、また1週間後には新しい彼女を作っている。彼らは私のことが好きなわけではなかった。ただ手っ取り早く周りに自慢できるカノジョが欲しかっただけなのだ。

それからは告白されてから篩にかけることを覚えた。
厳しい勤務状況でデートは一ヶ月に一回も厳しいこと、夜遅くまで働いているため夜の連絡は取れないことなどを伝えるとカノジョが欲しかっただけの男はみな引き下がる。残るのは会えなくても構わない、本当に自分を好きだと言ってくれる人物でー
さらに断りにくくなり、本末転倒であることに気がついた。

バカか!私は!!こんだけタラタラ忙しいから無理とか言っといて結局断れないじゃんか!!

気がついても後の祭りであり、最終的にその人もフることができなかった。
しかし、その分サイクルの周期は次第に遅くなり、今回は自己最長の半年続いた交際だった。だが結局は別れてしまった。

特に今回はいつもと異なるフラれ方が胸にぐっさりと突き刺さる。
今まで結局は目の前の彼氏との恋愛っぽいもので本心をごまかしていただけであり、大切だと思っていた彼をずっと傷つけていたのだ。つくづく自分は子どもで彼は大人だった。

『勝手な話だけど俺はお前の本当の恋が実ることをねがってるよ』

不意に彼の残したメッセージが思い出された。同時に私がワガママを言ったときに嗜める、困ったように笑う彼の顔が思い出された。
これは私がまたこのサイクルを続けることをやめるよう釘をさしたのだろうか。
だとしたらこれはせめて守りたい。そうでなくとも願いに添えるような努力をしよう。自分にできる唯一の罪滅ぼしではなかろうか。そう考える程には彼ことを大切に思ってはいたのだ。

「決めた!!」

先程まで表で愚痴に来たどころかチクチクとお説教され出水に言い訳をしていた自分と裏で思考を巡らせていた自分を切り替え、私は言い切った。

「本日藍屋律、告白します!!」

あっけにとられた出水と米屋がお、おう…と微妙は反応を返してきた。ちなみに三輪は弁当を食べ終わり辛うじてここに残っているが今にも教室に帰りたそうな表情をしている。

「てか今日お前撮影とバイトじゃなかったか?いつ告うの?」
「あっしまった!バイト今日11時上がりだ…」
ものの数秒で計画は破綻してしまった。
お前バカだなと米屋に笑われる。大変屈辱的だ。
「まぁでもその心掛けはいいと思うぞ。さっさと当たって砕けてこいよ。そしたら吹っ切れんだろ」
「誰が砕けるか!!」
米屋に噛みつきながらも成功率はかなり絶望的だと考えた。
交際数だけ人並み以上にあるが全て受け身のため私の恋愛スキルは並み以下だ。そもそもあの人に向かって何か私がアピールしたことはない。良くて妹分に懐かれていると思われている程度だろう。最悪の場合は…考えたくもない。
そこまで考えたところで無情にも昼休みを終えるチャイムが鳴った。そろそろ教室に戻らなければ。

「…とりあえずもう好きな人がいるって言うことにする。黙るのはやめる」
そこは最低ライン決めなければいけないと思った。
「それがいいよ。まぁ頑張れ」
ぽん、と出水が私の頭に手を置いた。
その瞬間出水の手を振り払い鳩尾に(軽く)拳を叩き込む。ガフッと出水の口から息が漏れる。隣でブッと米屋が噴く音がした。
「女子の頭を気安く撫でるんじゃねぇこの童貞が!」
「ゴホッ…おっ前、普段はそんなこと全く気にしないくせによく言うわ!」
「うるせぇ!人が萎れてんのをいいことにネチネチ言いやがって!彼女いたことないくせに!!」
「いたことはあーりーまーすー!!てかそんな奴にわざわざ教室の女子から抜け出して愚痴りに来たのはお前だろ!!」
篩にかける前のクソ彼氏にフラれたときは、大抵クラスの女子と他クラスの悪友である仁礼光、小佐野瑠衣に愚痴り散らかしていた。だが今回は相手を責める気になんてならず誰かに話を聞いたもらいたくて屋上に来たのだがそんなことは本人に言わない。

「なぁ藍屋、」

昼休みの間一言も喋らずにいた三輪が突然口を開いた。思わず沈黙し視線が三輪に集まる。視線に若干怯みつつも、ぎこちなく三輪は尋ねた。

「お前の言う『あの人』って誰のことなんだ?」
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