★愛欲の施設 - First Wedge -

□第四夜 非情な世話係
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「心の拠(ヨ)り所を見つける前に、美味しくなる方法を考えた方が自分のためになるよ。」


優羽は、必死に頭で理解しようとする。
いま告げられた言葉は実にまとを得ていたし、その通りだと納得も出来る。それでも、面と向かって言い切られると複雑な思いがした。


「補充がきく?」


ずきりと胸が痛い。


「腐る?」


それを想像すると寒気を感じるように全身が震えた。
腕を預けたまま落ち込んだ声をだした優羽の顔を晶は見つめると、どこか呆れたようにわざとらしい息を吐く。


「俺たちにとってキミは数多くある食べ物のひとつにすぎないってことだよ。」

「数多く…っ…ある?」

「じゃあ聞くけど。キミは今まで何を食べて生きてきたのかな?」


ウっと優羽は言葉に詰まる。それは一種類、二種類、指折り数えることなど難しくないほど簡単に答えることができる質問だった。
どうして彼らは「自分だけ」で事足りと思ってしまったのか。
その意味を考えると、ただただ泣きたくなってくる。


「素材がどうであれ、美味しく味わうための手間暇は俺たちでもかける。」


それはそうだろう。優羽にだって料理の一つや二つくらい身に覚えがある。今の優羽を形成している養分は、たくさんの命の積み重ねで生まれたもの。
イヌガミ様が生きていくための必要素は、イヌガミである彼らが決める。


「美味しく食べられたかったら、美味しくなる努力をしたほうがいいよ。」


にこりと向けられたその笑顔が怖くて、ひどく悲しかった。


「そうすれば、残すことなく味わい尽くしてあげてもいい。」


指先に落とされた唇の感触にドキリと身を震わせた優羽を晶は見上げる。
白濁とした銀色の瞳。
吸い込まれそうなほど魅惑の眼光に、優羽は固まったまま動けなかった。


「一つ忠告するなら、キミが俺たちにその体を提供したくないと抵抗を続けた場合。どうなると思う?」


優羽は手を握る晶の難題に首をひねる。
食べ物に抵抗された経験はないが、もしも空腹である自分の目の前にある食べ物が「食べられたくない」と抵抗して逃げてばかりいたらどうなるだろうか。


「おなかがすく?」

「正解。飢えが深まると、俺たちの凶暴さが増すからね。」


飢えないためには満たされることが必要なのだと安易に晶は告げてくる。


「八つ裂きにされたくないのなら、大人しくしていることだよ。」


いっそのこと、そうしてくれた方が、苦しみが緩和されるのではないかという錯覚さえ感じてしまった。
エサとして腐らず、飽きさせないように体を提供する。美味しくなる方法はよくわからないが、飢えを促進させて凶暴になられたらどうなるのだろうか。結果は目に見えて明らかだった。現に、一度殺されかけている。
精神的な苦痛か、肉体的な苦痛か。
どちらをとっても苦しみに変わりはないが、現状では、その両方が架(カ)せられている気がしないでもない。


「まあ、さっきの気にあてられて少し戸惑ったのも正直なところだけどね。」

「え?」


布を水盆にひたしながらつぶやいた晶の声に、優羽はうまく聞き取られずに首をかしげる。けれど、晶はニヤリと意地悪な笑みを浮かべて見当違いなことを尋ねてきた。


「そんなに死にたい?」


ふいに尋ねられて、優羽は晶をじっと見つめる。やはり見れば見るほど吸い込まれそうになる銀色の瞳が綺麗だと、優羽は赤い顔でそっと唇をかんだ。
本当に性格が悪い。今ここでその質問がくることにも驚いたが、気がつけば、晶は足を拭こうとしていたのだから優羽にとっては二重の驚きがそこにはあった。


「あ、足はじ…じじじ自分でやりますっ!!」


恥ずかしさで顔を真っ赤に染めながら、優羽は晶の行為を止めさせる。薄い布がかけられているとはいえ、全裸のまま男の前に座っているのだから、しどろもどろになるのは当然と言えた。


「質問に答えてくれたらね。」


そう言いながら、足を持ち上げてくるのだから気が抜けない。優羽はあわてて布がめくれあがるのを両手で抑える。
間一髪。晶が足の間に割り込むことを未然に防ぐことができた。


「よく…っ…わかりません。」


しばらくの沈黙の後。声が震えるのを無視して、優羽は素直に気持ちを吐き出していく。
帰る家も、行く先も、会いたい人もいない。生きていればイイことがあると思いたくても、生きる場所がないのだからどうしようもない。居場所がどこにもない。探してみようと思っても、身寄りのない女が一人で生きていくには、今の世はあまりにも無情すぎる。
だからかもしれない。
無意識に身をささげていたのは、自分じゃ終わらすことのできない途方な未来を無理矢理終わらせて欲しかったからなのかもしれない。


「死にたいと……思っていたわけでは、ないんです。」


死を直接意識していたわけではなかった。
その理由にいま生きていることに、どこかホッとしている自分がいる。


「でも……その……」


優羽は結局、拭くことを諦めた晶から目をそらせて、言いにくそうに口ごもった。
晶は作業を止めたまま、優羽の言葉を待っている。
チラチラと言おうかどうか迷ったが、優羽は隠していてもしょうがないと小さな声でつぶやいた。
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