★愛欲の施設 - First Wedge -

□第三夜 尋問の食事会
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柔らかな雰囲気を一番持っていながら、何を考えているのかわからない怖さがある。優しいのか、意地悪なのか、周囲を回るように歩き始めた狼に優羽はまた息をのんで成り行きを見守っていた。


「俺の名前は晶(アキラ)。昨日、入り口で顔を合わせたのが俺だよ。」

「……はい。」


この森に入った時から聞いていた遠吠えの主は、心地いい声の響きを持ってるのか優羽の震えがぴたりと止まる。けれど気の抜けない独特の緊張感に、優羽の姿勢は保ったまま崩れないでいた。


「早速なんだけど、少し質問に答えてもらってもいいかな?」


聞かれているはずなのに拒否を許されない。ここで否定を口にすれば即座に八つ裂きにされるだろうと、漂う空気でわかってしまった。
刺すような拒絶。
この場に、人間がいては許されないんのだというカミの住み処(スミカ)に優羽はいる。
その広間の中心で、眼前に座る三匹と、真横…いや、ほぼ真後ろに近い位置にいる一匹に見つめられながら、優羽はぎこちなく首をたてにふった。


「ここには、何をしにきたのかな?」

「えっ?」


最初の質問から面食らう。
自分から来たのではなく、涼に連れられてきたのだが、すべてを涼の責任にするには良心が痛んだ。少なからず、優羽は自分から身を差し出している。
泉が湧き出すあの森の幻想郷で、黄金色にかがやく白銀の狼が襲われそうになったところを助け、村を襲うという彼の脅迫に歯止めをかけるために村の身代わりとなったことは真実であり現実でもある。
だからといって、ここに何かをしにきたわけではない。


「なにを?」


あらためて聞かれると言葉が見つからない。
思い返してみた記憶のまま、うまく処理しきれなかった質問が口からでてきてしまった。何をしにきたのかと聞かれてもわからない。
明確な答えが、思い浮かんでこなかった。


「食べられ、に?」


優羽は、唯一頭に浮かんだ言葉を口にする。その片言の台詞(セリフ)にひきつった顔のまま首をかしげてみたが、もちろんその場の空気はますます冷えた。


「食べられに?」


他にもっと言葉を選べばよかったと思っても、優羽にその余裕はない。
晶がそっくりそのまま繰り返して尋ねてきた。


「はい。」


他人の口から聞くと陳腐に聞こえるのだから、相当場違いな回答をしているのだろうということは理解していた。
もちろん、周囲からは「もっとマシな言い訳は思い付かなかったのか?」と、バカにしたように見つめられている気がしてならない。
それとも、生きてるじゃないかと、そう言いたいのだろうか。
現に、優羽は生きている。食料として涼に連れられてきたことは事実だが、一夜たった今になっても彼の胃袋におさまっていないことが動かぬ証拠だった。


「獲物が言い逃れする常套句(ジョウトウク)ですね。」


案の定、戒があきれたような息を吐いて、場の空気を濁す。
ウッと優羽は言葉に詰まったように床を見つめた。


「騙されませんよ。人間どもが浅はかな知恵を出しあって、おおかた我らイヌガミ一族のほころびを作ろうとしているに決まっています。」


それ以外は考えられないとでも言うふうに、戒は優羽に向かってその鋭い牙をむき出しにする。


「潜伏(センプク)させて、わたしたちを出し抜ける術(スベ)がないかと模索しているんでしょう?」

「………え?」


意味が分からない。
戒がなぜそんなに怒った顔をしているのかも、この場にいる全員がなぜ殺意をこめた目で自分をみつめているのかも優羽にはわからなかった。だますつもりも、模索する理由も何もない。
それでも、この室内に充満する雰囲気は優羽の存在を拒絶する空気で満ちている。


「残念ですが、あなたがここに身を投じた時点であなたの運命は終わりなのです。」


話しは以上だと言わんばかりに、戒がひとりで話を締め括(クク)ってしまった。
言い訳の余地はない。
議論するつもりも毛頭なかったのか、困惑の表情で顔をあげる優羽の目の前で判決はくだされたように見えた。
言っていることが、優羽には理解できない。それでも広間の賛同は得られたようで、戒の横に座っていた輝と竜がそろって"立ち上がる"。


「───ッ!?」


均整のとれた体つきと、鋭利な銀色の瞳。獰猛(ドウモウ)な本性を隠しもせずに、彼らは優羽に歩み寄ってきた。
狼の姿ではなく、目のやり場に困る人間の姿で彼らはゆっくりと優羽に近づいてくる。


「……っ……」


目をそらすこともできないまま、優羽は身体を萎縮させていた。
逃げるとか逃げないとか以前に、彼らの持つ雰囲気に圧倒されて体が動いてくれない。それでも知らずに後退した背中が、晶のもつ銀色の毛並みに軽く当たった。


「食われに来たんだったら、その覚悟は出来てんだろ?」

「あ…ッ!?」


目線をあわせるように、しゃがみこんだ輝のかくばった指先にアゴが持ち上げられる。
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