★愛欲の施設 - First Wedge -

□第三夜 尋問の食事会
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それどころか全身が沸騰するように熱い。
バッと背後の麗人から元の向きに戻って優羽はバクバクとなる心臓を落ち着けようと息を止めた。


「で、できまし…った。」


ぎこちないながらもなんとか無事に服を着、意を決して振り返ってみると、彼はまた狼に戻っていた。
知らずに、ホッと息を吐く。
狼でよかった。
あのままジッと見つめられていたら、心拍は今以上にあがっていただろうと思う。
現実にしては衝撃的な目覚めすぎた。
本当に夢の中じゃないのかと疑いたくもなる。
まだ森の中を彷徨(サマヨ)い歩き、白昼夢の見せる幻覚にとらわれてしまったのではないかと思えるほど、ここ数時間で体感することは許容範囲を超えすぎている。


「ついてきてくれるかな?」

「あ…っ…はい。」


歩き始めた彼のあとを優羽は続く。しかし部屋を出る寸でで、優羽は眠る二匹に振り返るために立ち止まった。


「あの…っ…私、勝手に部屋を出ていいのでしょうか?」


心配になって、先を進む狼を引き止める。
一瞬、体の芯から凍りそうなほど冷たく感じた視線に驚いたが、その狼は何も言わずに優羽の言葉の意味を待っていた。


「その……私……」


視線だけで振り返られたら何も言えない。
涼と陸の存在にすがりたいのは自分の本位。


「別に、ここから追い出すわけじゃないから大丈夫だよ。」

「……はい。」


有無を言わせない物言いに、優羽は少したじろぎながらうなずくと、今度は素直に部屋を抜けた。


「──…っ……」


案内された室内の明るさに、思わず顔に手をそえる。
差し込む日の光に、今が朝なのだと知った。


「ッ!?!」


そして同時に、自分のおかれた現状を知る。


「はい、そこに座って。」


立ち止まった狼にうながされて、優羽は広間の中心とも言える位置に腰をおろした。
昨日見た時と同じように、台座の向こうには銀色の幕が垂れさがっている。違うことと言えば、見たことのない狼が三体増えていることだった。毛並みの良さが一目瞭然な一体と、目つきの悪さが目立つ巨大な二体が並ぶように優羽を見ている。
ジッと突き刺すような視線に優羽は思わずごくりと息を飲み込んだ。


「逃げたら殺すよ。」

「ッは、い」


遠吠えの持ち主であり、ここまでつれてきた狼を合わせると全部で四匹。そのすべてが、優羽を拒絶しているように口をつぐんでいた。
なんとも言えない居心地の悪さに、優羽は小さくノドを鳴らす。
正座した足の上にのせた両手を知らずと硬く握りしめていたことに気付いたころ、その内の一体が面倒そうに口を開いた。


「名前は?」


たった一言だが、そのすべてから敵意がむき出しにされているのを感じる。


「……優羽です。」


優羽は小さく答えた。
パッと見た所、涼と雰囲気は近い。だけど、無償に怖かった。
勘でしかないが、一番最初に森で会ったのがこの狼ならば、優羽はとっくに切り裂かれていたことと思う。


「俺は、輝(テル)だ。」


低めの声が体の重心に彼の名前を伝えてくる。
緊張感が一周して腕が震え始めていたが、優羽は輝を見つめながら確認するように首を数回上下に揺らした。


「怖いか?」

「え?」

「だろうなぁ。」


クックっとノドを鳴らして笑う姿に、全身が鳥肌をたてて警告している。
思わず逃げ出しそうになったが、先ほどの一言を思い出して優羽は視線をそらせることでそれを回避した。
"殺す"と言われている以上、それはこの場にとどまる呪縛にしかならない。
なぜ彼が名前を聞き、また名乗ってくれたのかはわからないが、その疑問が解決されないうちに輝の隣で寝そべっていた狼がニッと口角をあげてくる。


「俺は、竜(リュウ)やで。」


体格の良さが一目でわかる。
見た目だけで判断するのであれば、彼が一番目つきが悪く乱暴そうだった。けれど見た目に反して落ち着いた性格なのだろう。大きなあくびをこぼすと、興味をなくしたようにふんっと鼻を鳴らしていた。


「なんや、涼が囲(カコ)いたがる女ゆーから、どんなんかと思たら案外普通やん。」

「……かこ…ぃ?」


つまらないと全身が優羽を見つめてそう告げている。
何か面白いことを提供しに来たわけではないのに、なぜか優羽の胸がチクリと痛んだ。


「竜の言うことは、気にしなくていいですよ。」


礼儀正しく座っていた狼は、チラリと竜を睨むように見た後で、優羽に向けて「戒(カイ)」と名乗った。
さらさらとした毛並みと気品漂うたたずまいに、おもわず手を合わせてみたくなる。


「ここに住んでいるのは先の涼と陸をあわせてこれだけです。」

「あ、はい。」

「どうやら見分けはつくようですので、これ以上の紹介はいらないでしょう。」


新たにのぞむ三体に、優羽は定まらない視線のまま、ここに案内されてきた意味を考える。
食べられるのだろうか?
胸の中にある唯一の疑問に、最後のひとりが答えてくれた。
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