★愛欲の施設 - First Wedge -
□第二夜 許された味見
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もう、まともに顔をあげられなくなってしまった。
穴があったら入りたい。
この美麗な狼を見なくて済むのなら、どこだっていい。
「初めて満たされた。」
「な…っ」
何がと聞き返したくても、それは不可能な相談。
「ッ…ん」
引き寄せられて重なった唇に、脳が甘いしびれをもたらしてくる。
素肌に直接触れる男の肌は、知る前とは違って妙に吸いついてくるから不思議だった。
自分とは違う。どこか骨ばっていて筋肉質な体。それなのに同じ匂いがする。
まるでお互いの匂いが混ざり合ってひとつになってしまったみたいだった。
眠っている間中、夢見ていた匂いと同じそれは、どこか心地よくて、安心できて、すべてをゆだねることが出来る優しい匂いだった。
「あれからそう、時間はたっていない。」
解放された唇が酸素を求めて浅く息を吸うと同時に、涼がずっと傍にいてくれたんだとわかる。
随分と眠っていたような気がしたということは、信じられないことに、それだけ涼に心を許しているのだろう。深く吐き出した空気と一緒に優羽は食べられていない現実に内心ホッと胸をなでおろした。
自分でも驚くほど、初めての乙女を奪った涼の存在が少し心強かった。
「おっじゃましまぁぁあ───」
真横から飛び出て来た生き物は、すぐに帰っていく。いや、正確には涼に蹴り飛ばされていた。
「───ひっどぉぉおぉい!!」
風を切るような音ともに唸り声が部屋に響く。その少し小柄でどこか可愛い印象を与える狼には見覚えがあった。
「り、く?」
自然とその名前が口から出ていた。
記憶が確かであれば、広間で母性本能をくすぐってきた狼の名前は「陸」だったはずだ。潤んだ瞳とふわふわの白い毛並みと幼さの残る若い狼。他に何匹もいたらわからないが、優羽は確かめるように涼に視線を動かす。
そんなに不安そうな顔をしていただろうか。
「あってる。」
どこかむすっとした顔で、涼は見上げてきた優羽の質問を肯定しながらも不安を取り除くように頭を撫でてくれた。
それを陸がどう見たかはわからない。けれど、涼に蹴り飛ばされた陸は、仕返しとばかりに強行突破に出ることにしたようだった。
「キャアッ!?」
室内で突風が巻き上がる。その瞬間、優羽は白銀の狼の牙にかすめ取られる寸前で、涼に強く抱き寄せられていた。陸が優羽を涼から奪おうとしたことが原因だが、そのままの勢いで真横を通り過ぎていった陸は力任せに止まるとくるりと振り返った。
その尻尾が振り返る反動で輪を描いて優羽と涼を襲う。
「ちょっと、どうしてそうなるわけ?」
あまりにも一瞬の出来事過ぎて、優羽は涼の腕の中で茫然としていた。
「僕は優羽を奪おうと思ったんだけど。」
そのおかげで優羽は陸のしっぽに弾き飛ばされた勢いのまま転がり、涼に組み敷かれる形で止まっていた。
それに納得がいかない陸の不満の声がすぐ真横から聞こえてくる。
「陸、邪魔だ。」
陸を見もせずに、真上に見える涼の顔が妖しく舌舐めずった。
思わず、優羽のノドがゴクリと鳴る。
「ねぇ、涼。ひとくちだけ。」
「あっちにいけ。」
「ちょっとだけ。ねっ?」
「陸、うるさい。」
バシッと再び陸が飛んで行ったのは気のせいじゃない。
何度も挑んでくる陸も陸だが、それを毎回蹴散らす涼も涼だと思った。
「ヤダ!大体、僕が一番だっていってたじゃん!ひどいよ!涼のバカ!」
いっこうに懲りることを知らないらしい。
きっと涼もしつこいと思ったのだろう。今度は優羽との間からねだるように覗き込んできた陸に対して、ついに涼は人型から狼の姿へと戻ってしまった。
騒がしいどころの騒がしさではない。
二匹の巨大な狼同士の対決は、牙と爪のぶつかり合いといっても過言ではないだけに、裸の優羽は風圧で部屋の壁まで吹き飛ばされていた。結局、涼も陸も折れるということを知らないのだろう。
「あ…あの…っ!」
意を決して声をかけることにした優羽の小さな声が暴風の中を流れていく。
ぴたりと、喧騒がやんだ。
「私を食べることについて喧嘩、してるんですよね?」
こういった場合、食べ物である自分が提案していいのかわからないが、聞く構えを見せた二匹の狼に優羽は告げる。
「それなら、私ひとりじゃおなかいっぱいにならないと思いますけど、仲良くわけあってみたらどうでしょうか?」
「「………。」」
つかの間の沈黙が耳に痛い。
涼と陸の二匹になんとも言えない目で見つめられるが、優羽も実際のところかなり複雑な心境だった。
どうして最後になるかもしれないこの時になって、見ず知らずの…それも狼の仲裁を買ってでているのだろうか…あきれを通り越して、ため息さえ出てこない。
「イイって言ってるんだからいいじゃん。」
軽いノリで陸が仲直りの交渉をしてきた。
「少しだけな。」
「涼のケチ。」
どうやら解決したらしい。