★愛欲の施設 - First Wedge -

□初夜 プロローグ
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その頃。今年の貢物をくわえた白銀の狼は、森の奥深くにある岸壁の居城(キョジョウ)へとたどり着いた。
むき出しの岩肌は月光に照らされて白くなめらかな色をかもし出し、頂上付近にある大きな洞窟を妖艶に浮きだたせている。人間では到底見つけられそうにない場所にもうけられたその場所こそが、最後の生き神とたたえられるイヌガミ"たち"の住処だった。


「おかえり、涼(リョウ)。随分と遅かったね。」


長年、住んでいるのだろうか。
妙に居心地の良い洞窟内で輪を作る群れの中から、ひとりの"男"が娘をくわえて帰宅した狼に声をかける。すると、さきほどまで大の男を二人ほど背中に乗せても余裕があるくらい大きな身体をしていた狼は、まさに月の化身と呼ぶにふさわしい"人間の男"の姿に成り変わった。


「途中で暴れたんでな。」


どさっと輪の中央に放り出された少女の姿に、一同の視線が唸(ウナ)り声をあげる。


「また、つまみ食いかよ。」


苛立ちを隠しもせずに一匹の狼が舌打ちをした。それに触発されたのか、毛並みのよい狼が冷たい息を吐き出す。


「毎年のことですから今更ですが、そろそろ受け取りに行く役を変えた方がいいんじゃないですか?」

「だったら僕が行きたい。」


提案をうながした丁寧な声の脇から、どこか幼く、あどけない狼が名乗りをあげた。美麗な男と白銀の狼が混ざる不思議な輪の中で、その狼の尻尾はふてくされたように揺れている。


「村から食料を運ぶくらい僕にだって出来るんだけど。」


しかし、その主張はすぐに凪ぎ払われた。


「陸(リク)はアカンやろ。」


どこか苦笑ともとれる声に混ざって聞こえた体格のよい狼の発言に、陸は反応を返そうと牙を見せる。が、その前に、最初に口火を切った男が仲裁を買って出た。


「陸が行ったら、その場で全員噛み殺してしまうんじゃないかな。」


鋭い牙をむき出しにした狼相手に、この男はよくも笑顔でそんな事が言えたものだと驚きそうになるが、その瞳が銀色に揺らめき始めた所をみるとどうやら彼も例外ではないらしい。


「じゃあ、晶(アキラ)が来年から行ってきてよ。涼がいっつも先に味わっちゃうせいで、僕だけ"初物"知らないままなんだよ?」


案の定、陸のふてくされた声だけがむなしく響いた。


「陸。皆を困らせてはいけない。」


まるで腹に届くような重低音。
その場にいる空気よりも一際低く、落ち着いた声が、彼らが作る輪に向けられる。


「わたしは、お前たちに与えた役割を変えるつもりはない。」


次の瞬間あらわれた姿に、その場の誰もが押し黙った。
深い銀色をした垂れ幕のような毛並みと、鋭い銀光を放つ瞳。あまりに重厚で崇高な気配に逆らえるものはこの場にいない。


「輝(テル)、戒(カイ)、竜(リュウ)、もちろんお前たちの仕事も、他のものに変えるつもりはない。」


役割の放棄も変更も認めないと言い切った銀色の存在に、狼たちはそろって視線を明後日の方向へ流す。
仕方がない。
反論の声が出ないことに満足したのか、空間そのものがうなずいたかのように、その声はクスリと笑った。


「涼も、いいね?」


視線に殺される。
ゾクリと脳裏に浮かんだイヤな考えを打ち消すように、少女を連れてきた男は深々と頭をさげてその想像を打ち消した。


「はい、幸彦(ユキヒコ)さま。」


この存在に逆らえるほど永年の時は生きていない。


「わかればいい。」


そうして神の化身は頭を垂れる輪を見つめたまま、誰もが見惚れるほどの男の姿へと形を変えた。


「晶。その子を起こしなさい。」


優雅に腰を落ちつけるそぶりを見せた"幸彦さま"に、晶は小さく了承の言葉を唱えた後で、衣服のほとんどを切り裂かれた少女の肩に手をかける。突然走った強い痛みに目を見開きながら、その少女は目覚めた。


「"ようこそ"と、いうべきかな?」


幸彦の言葉で今いる自分の状況を理解したらしい娘は、涼の姿をとらえると恐怖に身体を震えさせる。


「ひぃッ…だっだれか…誰か助けてくださぃ!この男が私をさらって、村に帰ッ!!?」


狂ったように青白い顔で絶望を浮かべる瞳に、銀色の瞳が覆いかぶさって来た。刹那、叫んだ少女は息を飲んで死を否定する。


「涼、やめなさい。」


馬乗りになって喉元に噛みつこうとした銀色の"狼"を幸彦がやわりと止めた。限界を超えた恐怖に耐えきれなかったのか、少女から涙と嗚咽がこぼれ落ちていた。


「いいですね、その顔。」


いつの間にそこにきたのだろうか。
あおむけに寝転がったままの少女は、ホホをなぞる舌の正体に体を硬直させる。


「戒、美味しい?」


陸の質問に戒は答えない。
涼がフンッと鼻をならして少女から身体をのけたが、戒はその間もぺろぺろと無言で少女の涙を舐めていた。


「ッ?!」


狼のはずなのに、その視線がひどく妖艶にうつる。


「泣かれると、もっと鳴かせたくなりますが、あなたの涙は何故か美味しくありませんね。」


思わず赤面した少女が戒を見ることが出来たのは一瞬で、自分の身体が宙に浮いていることに気づくと、また大きな悲鳴をあげた。
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