★愛欲の施設 - Love Shelter -

□第7話 夜空を繋ぐ河
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恥ずかしすぎて顔があげられない。
真っ赤なリンゴのように、小さく丸まった優羽は、完全防御を全身で表していた。
それなのに無理矢理あげさせられた顔に、陸の深い口づけがおとされる。


「んっ…ッ…あっ」


その強い力に押されて、陸とは反対側に座っていた戒に背中があたる。


「陸、辞めて下さい。」

「んっ…ぁ…り…く…ヤメ……」

「うん、おしまい。」


揺れはじめた車内に戒が怪訝な顔を見せたからか、優羽の抵抗は珍しくもすぐに終わりを告げた。
いつもであれば、ここで反対側から戒も参加してくるはずなのに、予想に反して止められた行為に疑問が残る。


「ごちそうさま。」

「ぅ?」

「残念だったな、着いちまった。」


そう言われて視線を窓の外に向けてみれば、いつの間に帰ってきたのか、魅壷邸がすぐ目の前にあった。
懐かしい。
たった二週間留守にしていただけなのに、「ただいま」という言葉がとても身に染みるようだった。


「"お願い"叶わなかったな。」

「えっ!?」


戒が車を降りた弾みで開いたドアから覗きこんだ輝が笑う。
イタズラに視線を流した戒と、まだ真横にいる陸が同時に口角をあげたせいで優羽は再び顔を真っ赤にさせて反論した。


「お願いしてない!」


その声にまた三人が笑う。
いい加減にしてほしくて、優羽はまた唇をかんだ。


「おや、いつからそんな顔が出来るようになったのかな?」

「──っお父さん!」


車を降りると同時にかけられた、懐かしい声に優羽は顔をあげる。
長期不在にしていた幸彦とは、最初の夜以来の再会だった。


「仲良くやっていそうだね。」


久しぶりに会ったにもかかわらず、変わらない父の姿にどこかホッとした。
そうして胸を撫で下ろす優羽の先で、戒が幸彦に首をかしげる。


「どこに行ってきたんですか?」


手に大きな袋とカバンを持ったままの義父の姿は、今まさに旅行から帰ってきたといっても過言ではない雰囲気を携(タズサ)えていた。
バカンスにしては、まだ季節が早い気もする。


「出張でしたよね?」


にこり。
大人の笑みで質問の答えとした幸彦に、戒の顔がピクリと動いた。
まさかとは思うが、先日の陸の帰宅場面と重なるところがありすぎて、嫌な予感がする。


「お帰りなさい。」

「優羽はバカですね。」

「え?!」


なぜ急に戒にバカにされないといけないのかが理解できない。
駆け寄るなり頭を優しく撫でてくれる幸彦の手の下で、優羽は驚きの声を戒にむける。


「バカって、どういう意───」

「そこが可愛いんですが。」

「おや、戒にそれを言わせるとは、なかなか悪い子だね。」

「─────ッ!?」

「ただいま。いや、お帰りかな?」


首が意思に反して反転する。
戒に向けていた顔を強制的に幸彦に視線を合わせるように向け直された優羽は、状況判断が出来ないように目をまたたかせた。


「優羽?」

「はっはい!」


優しく笑う幸彦に、優羽はあわてて返事をする。名前を呼ばれただけなのに、幸彦にはなぜか逆らえない魅力が存在していた。
けれど、その空気は輝の声が邪魔をする。


「親父、笹ってこの辺なかった?」

「笹?」

「優羽が願い事を書きてぇんだとよ。」

「願い事?」


またも強制的に、近くに来た輝へと向きそうになった優羽の顔は幸彦へと戻される。


「なにをお望みかな?」

「え?」

「願いを叶えてあげよう。」


うなずいた幸彦に答えられるわけもない。
本当に何でも叶えてくれそうなだけに、怖くて何も言えない。


「えっと。」


言葉を探すように視線を泳がせはじめた優羽を幸彦は依然、優しげな眼差しで見つめている。
なにが楽しいのか、愛娘の願い事が紡ぎ出されるのをじっと待っていた。


「じゃ、僕は新しいオモチャ。」

「それは輝に作ってもらいなさい。」

「じゃ、俺は休日にするわ。」

「普段から自由に休みをとっているだろう。」

「「……………。」」


まさに一刀両断な幸彦の返答に、陸と輝がしらけた顔をしているのがわかる。
リクエストを無下に扱われた彼らは差別だの、贔屓だのを雰囲気で批判しているが、幸彦には通じない。さすがに食い下がることを諦めたのか、盛大なため息をはいて、陸も輝も先を行った戒にならうように玄関へと歩いていった。


「お帰り。揃いも揃って、玄関先でなにしてるの?」


苦笑ともとれる笑いとともに、晶が兄弟たちを出迎える。
けれど、その疑問の声は通りすぎていく弟たちの向こうに見えた景色に合点がいったらしい。


「優羽、短冊の飾り付けするから早くおいで。」

「あ!はい。」


大声で現状回避をはかってくれた晶にお礼が言いたい。
幸彦への返答に困っていた優羽は、助け船を出してくれた晶の元へと駆け出した。


「僕、しーらない。」

「優羽はバカですからね。」


陸と戒があきれたように何かを言っているが、幸彦を置き去りにして玄関をかけ上った優羽には気づかない。
気づかないまま晶の元へとたどり着いた優羽は、直後に持ち上がった身体に悲鳴をあげる。


「キャァっ!?」


突然、体を後ろから幸彦に抱きすくめられ、肩にかつぎ上げられた優羽の足がバタバタとゆれていた。
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