★愛欲の施設 - Love Shelter -
□第5話 囚われた感情
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翌朝、しとしとと降りしきる雨の音で優羽は目が覚めた。
朝食にはまだ早いが、用意をすればそうでもない。
珍しく寝覚めがいい朝だと思う。
「昨日のせいかも。」
ここ数日。中々寝付けなかった理由が、昨日の戒とのお風呂で改善された。
戒には散々もてあそばれたが、体と一緒に胸のモヤモヤも少し整理出来たようで、いつもならベッドの中で人知れず悩んでいたことも、特に気にもせずに素直に眠れた。
いい眠りが出来ると体調も軽い。
世間は梅雨入りのダルさに顔をしかめているだろうが、優羽は元気にベッドから体を起こす。
「今日の朝ごはん何かなぁ?」
自分以外には誰もいない自室で、優羽は鼻唄混じりに、部屋に備え付けられた洗面に向かっていた。
「晶も輝も仕事だろうし、戒は図書館かな?」
特に代わり映えのない一日だと、優羽は想像しながら顔を洗う。
そうして、一通り朝の洗面を終わらせた優羽は、ベッドと部屋の入り口のちょうど真ん中に位置するテーブルへと視線を走らせた。
誰が置いてくれるのかはわからないが、毎朝必ずそれは届いている。
「お父さんともしばらく会ってないな。」
差出人は魅壷幸彦。
テーブルへと歩いてきた優羽は、その綺麗な四角い箱を開けながら、寂しそうに言葉を落とす。
外の雨にならって、どんよりと気持ちまで沈みそうになっていた。
「でも、今日は陸がいるもん。」
今日はひとりで過ごさなくてもいいかもしれないという淡い期待が、優羽の口調を明るくさせる。
「なかなか会えないのは、仕方ないよね。」
正確には、幸彦とは"あの日"以来会っていない。
「元気そうだけど。」
そう言いながら、優羽は箱を開けると、クスッと笑みをこぼした。
幸彦のセンスはとても良い。
早速着替えようと、優羽は寝間着をスルスルと脱いでいく。
「どうして、いつもワンピースばっかり──…ッ!?」
幸彦からのプレゼントを身に付けようとした瞬間、あきらかに戒がつけたと思われる赤い花が目に飛び込んできた。
散りばめられた所有欲の証は、朝の光で見ると想像以上に赤裸々な毒牙を放っている。
「もぅ。」
幸いにも、幸彦からの贈り物は戒のキスマークを上手く消してくれる造りになっていたので、優羽は恥ずかしさに耐えながらも、無事に朝の着替えを済ませた。
「優羽、おはよっ。」
「あ、陸。おはよう。」
「昨日の約束覚えてる?」
「えっ?」
「僕の部屋にお土産、とりにきてくれるんでしょ?」
階段を下りた先で遭遇した陸に、心配そうな目でのぞきこまれれば、うなずくしかない。
「やったぁ。楽しみに待ってるね。」
やっぱり陸は可愛い。
朝から陸の笑顔に癒されると、優羽は笑いながら陸のあとに続いた。
「優羽、おはよう。」
「おはようございます。今日はお仕事?」
「そう。さっき帰ってきたところなんだけどね、また急患で呼び出しがあった。」
「そう、雨降ってるから気をつけてね。」
「うん、ありがとう。」
珍しく疲れた顔を見せながら頭をなでてくる晶を見上げて、優羽は心配そうに唇をむすぶ。
「心配いりませんよ、晶は慣れてますから。」
「あっ戒。おはよう。」
朝食の席につきながら、戒は優羽の頭に手をやる晶に非難の眼差しを向けた。
それに気付いた晶が少し笑った気がしたが、たぶん気のせいだろう。
「輝は?」
自席に腰掛けながら優羽は、最後の一人がいないことに気づく。
「最後の仕上げだとかで、今日一日は自室にこもりきりだそうですよ。」
「そっか。」
「出来たら後で様子見に行ってくれるかな?」
「うん。」
晶の提案に、優羽は快く返事をした。
確かにただでさえ陰気な地下室なのに、こんな雨の日では調子があがらないだろう。
心配なので、晶に言われなくてもたぶん見に行っていたにちがいない。
「ダメだよ。」
始まった食事の中で、それまで黙っていた陸が真顔で晶を見つめる。
「だって優羽は僕と過ごすからね。」
こういう時はなんていうのだろうか。
それぞれ手の動きがピタッと止まり、ほんの一瞬、静けさだけが空間を支配する。
次に動いたら何かとんでもないことが起こるんじゃないかと思ったが、どうやらそうはなりそうになかった。
「食べ過ぎないようにね。」
ニコッと食事の心配を口にしただけで、晶はそれ以上、陸に何も言わない。
「いってきます。」
足早に朝食をとり終えた晶は、ポンポンと優羽の頭に挨拶をして部屋を出ていった。
珍しくキスをしなかった晶の様子に戸惑いながらも、優羽は無言で食事をし続ける戒に視線を送る。
「っ。」
ニコッと感じた視線を受け流すように目を伏せた戒にやられた。
雰囲気の緩和に救済を求めたのに、これでは秘密の目配せをしあったようにしか見えない。
「ッ!?」
じっと、何かを探るように見つめてくる陸の顔が不機嫌に膨らんでいく。
「優羽、いってきます。」
薄情もの!と叫びたかったが、戒はこの不安定な空間に優羽を置き去りにしたまま出掛けていってしまった。
思わず、喉がなる。