★愛欲の施設 - Love Shelter -
□第4話 水音の奏(カナデ)
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一体自分の体はどうしてしまったのだろう。
あれだけ怖かったのに、もう絶対イヤなのに、幸彦の声、晶の温もり、輝の視線を感じる度に、心臓ではない女の欲情が刺激される。
忘れたくても忘れられない、快楽と匂いが疼く体に甘い吐息を走らせる。
──足りない──
「これじゃ本当の変態だよぉ。」
ひとり自室の扉の内側で三角座りをしながらブツブツ赤面する優羽を誰も知らない。
無駄のない身体。
きめ細かな肌と近くで見ても非の打ち所のない顔。
耳に低く残る声。
片手で簡単に自由を奪う力強さと、意識をとばすほどの快感。
戒に暇を指摘された優羽は、暇な一日の大半を勝手な妄想を追い払うことについやしていた。
「もぉ、ヤダ。」
恥ずかしくて、どうにかなりそうだ。
幸彦も晶も輝も気絶するほど抱いたくせに、あれ以来一度も抱こうとはしない。
こんなに火照る身体にしたくせに、無責任なのではないかと、半ば苛立ちさえ込み上げてくる。
「……っ……はぁ。」
手が自然に体を求める。
ダメだとわかっていても、一度沸いてしまった欲情を止められそうにない。
「……アッ……やっぱりダメっ!! 気分転換にシャワーでも浴びよう。」
伸ばしかけた手を強く握りしめながら引っ込めると、優羽はスッと立ちあがって自室を出た。
一度覚えてしまうと抜けられないことは、わかっている。
快楽とは、そういうものだ。
──優羽は、変態だな──
「──ッ!!? 輝のバカ!!」
その言葉が頭に響いて、優羽は赤面しながら用意したタオルをボンッと脱衣所に投げた。
「………鍵よしっ。」
やってきたのは、一階の大浴場。
自分の部屋にもユニットバスが備え付けられているし、各階にもシャワールームは存在するが、ここが一番気持ちを整理するにはふさわしい。
銭湯ばりの広さを誇る造りに、つくづく一般人の感覚を見失いそうになるがそれはそれ。
とにかく今は、体を落ち着かせたくてシャワーを浴びるのに、火照りの原因になる彼らに来てもらっては意味がなくなる。
「そうそう、仮にも家族なんだし。」
すでに関係を持ってしまった上の三人はともかく、下のふたりに至っては、まだ"普通"の家族だ。
変に悟られるわけにはいかない。
「うん、そうだよね。」
洗面台にある大きな鏡にうつる自分に言い聞かせるように大きくうなずくと、優羽はひとり服を脱いだ。
鏡にうつる体から、あの赤い印たちはもうすっかり姿を消している。
「よかった。跡のこらなくて。」
最初は、永遠に消えないんじゃないかと不安で仕方なかったが、時間がたつと消えるものだと知って、ひそかに安心したのを覚えている。
体の自由を奪った男たちの所有欲の証。
「体に残る感触も消えてくれたら苦労しないですむのになぁ。」
そうすれば、こんな真昼間からシャワーを浴びなくてすむのにと、優羽は盛大な息を吐きながら浴室のドアをくぐった。
「ッ!!?」
驚いたなんてものじゃない。
浴槽のドアを閉め、かかり湯でもしようと浴室に近寄ってかがんだ場所で目があった人物に、優羽の息は止まる。
「かっ……かかかか…戒ッ!!?」
浴槽につかりながら視線を向けてくる人物に、優羽は声にならない叫び声をあげた。
「ご…ごごごごめんなさいっ。」
「何がです?」
「は…入ってるなんて…しっ知らなかったんですぅ。」
すでにのぼせてしまいそうだった。
落ち着けないのに、落ち着いた戒の声に答えてしまうために、その場にしゃがみこんだまま動けない。
そんな優羽の心境を知ってか知らずか、戒はクスクスと笑いながら、浴槽のお湯をたたいた。
「早く入らないと風邪ひきますよ?」
「でっでも!」
どうやら驚きすぎて腰が抜けたらしい。
かがんだまま、ペタんと尻餅をついた優羽を覗きこむように、戒は浴槽のヘリまで近づいてくる。
「痕、ようやく消えたみたいですね。」
「ッ!?」
こんなに綺麗な笑顔は今まで一度も見たことがない。
自宅の風呂場で遭遇するとは思ってもいなかったが、美形はどういう場面で微笑んでも様になると、優羽の混乱した頭は戒の顔をじっと見つめていた。
「優羽、風邪引きますよ?」
少し困ったように、戒は固まったまま動かない優羽を急かすように、もう一度ぱしゃぱしゃと湯船をたたく。