★愛欲の施設 - Love Shelter -
□第3話 秘密の地下室
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テラスから降りた輝は、玄関の扉が開けられる前に、その人物を呼び止めることに成功する。
「室伏(ムロフシ)さん。」
「輝さま?珍しいですね。」
「俺だって、一日中こもってるわけじゃねぇよ。」
庭から現れた輝に、室伏と呼ばれた眼鏡の男が振り向いた。
驚いたらしい台詞を口にしたが、はたからみれば、全然動じない顔色に輝の口元が引くつく。
そして、その男の視線がわずかに流れたことに気づいた。
「何か探してんのか?」
「いいえ、まさか。」
類は友を呼ぶというが、彼も相当な容姿の持ち主であることは離れた先から様子をうかがっている優羽にもわかった。
輝にニコリと微笑み返した室伏からは、気品さえ漂っているような気がする。
「これを取りにきたんだろ?」
「はい。社長が最高の出来だとおっしゃっていましたよ。」
「まぁ、俺が作ったんだから当たり前だけどな。」
「でしょうね。」
眼鏡の下に何か裏がありそうな言い回しをする人だと思った。
どことなく冷めた声と、光をうつそうとしない瞳。幸彦同様、高そうなスーツを身につけているが、本来の彼はそういうものを好まないのではないだろうか。
なぜそう思ったのかわからないが、彼のまとう空気は、どこか悲しい。
「──っ!?」
目があった気がした。
離れた場所にいる自分の姿には、たぶん気づかれていないと思う。けれど、そう感じた瞬間、視線に刺されたみたいに、胸がドクドクと脈打つ。
「では、これで失礼いたします。」
「おう。」
何事もなかったかのように、輝に一礼して彼は立ち去っていった。
はぁーっと、優羽は胸を押さえながら深い安堵の息を吐き出す。
「いきやがったか。」
「あの人……誰ですか?」
「室伏涼二(ムロフシ リョウジ)。親父の右腕だ。」
「右腕?」
「まぁ、秘書みたいなもんだ。」
「……ふぅん。」
彼の乗った車の音が聞こえなくなったのを確認してから顔を出した優羽の質問に、意外にも輝はあっさりと答えてくれた。
「お父さんの仕事って……ぁっ。」
家に戻るのに、玄関ではなくテラスへと上ってきた輝にならって優羽もあとに続く。
「今のあいつには、近づくんじゃねぇぞ。」
「えっ?」
「まぁ、いつかちゃんと紹介してやるよ。」
輝の言っている意味がよくわからない。
時々、何か深い意味があるんじゃないかと思える彼らの言動を感じるが、優羽は聞きそびれた疑問を飲み込んで、振り返った輝に戸惑いながらもうなずいた。
「いい子だな。」
少々乱暴に頭を撫でられるが、大きな掌がとても優しい。
輝に頭を撫でられるのは好き。
わしゃわしゃと髪が乱れるが、それはあとでどうにでもなる。
「あっ!輝さんが部屋から出てくるってことは、仕事が落ち着いたの?」
それなら一人で過ごさなくても済みそうだと、名案を思いついた優羽の嬉しそうな笑みに、輝も笑みをかえした。
「いや、優羽を呼びに来た。」
「えっ?」
「ちょっと手伝え。」
願ってもない申し出だった。
暇をもて余していたところだったからちょうどよかったと、優羽は輝の誘いに快くうなずく。
「するっ。輝さん、何を手伝いますか?」
「輝。」
「え?」
「あと、家族なんだから敬語で話すな。」
輝の言葉に、それもそうだと思う。
でもいきなり家族になったとはいえ、初対面の相手にズケズケとタメ口でしゃべれるほど、すぐに心は開けない。
しかも、敬語にならざるをえない雰囲気を持つ人たちが多くて、そこまで人見知りでなくても、知らないうちにそう喋っていた気がする。
「今日は特別に、俺の仕事部屋にいれてやるよ。」
「えっ!? いいんですかっ?」
敬語について思案していた優羽の顔は、輝の提案にパッと明るい期待をにじませる。
絶対に近付くなと言われていた未知なる空間に、胸が踊らないわけはない。
「変わんねぇな。」
クスクスと小さくつぶやいた輝の声は、すでに屋敷内に入っていった優羽には聞こえない。
浮き足立つ優羽の背後を歩きながら、輝は地下にある自室へと案内することを楽しんでいた。
「どうぞ、お姫さま。」
ドキドキする。
開け放たれた階段から、昼なのに夜の洞穴のようなジメッとした空気が肺に入ってくる。
秘密の地下室の入り口を照らす明かりの先に何があるのか。
冗談めかして手をさしのべてくれる輝に笑いながら優羽は、その場所に足を踏み入れた。