★愛欲の施設 - First Wedge -
□第三夜 尋問の食事会
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《尋問の食事会》
ダルイなんて言葉で言い表せない。
重たい。
その表現が、一番しっくりくる。
「…っ…んっ…」
眉をしかめたことで、まだ生きているのだとなんとなく思った。フワフワの毛に包まれているようだが、涼と陸の匂いがするあたり、どうやら間違いではなさそうだ。
夢でもない。
眠る前に起きた出来事は、いくら頭の中で否定しようにも全身を襲う倦怠(ケンタイ)感にそれは無理な相談だった。
食べられていない。
指先が脳の命令通りに動かせる以上、何の温情かはわからないが生きているらしい。
「はぁ。」
いつまで続くかわからない恐怖を紛らせようと優羽は毛並みの中で寝返りをうつ。
殺されるなら一気に奪ってほしいと願ったのに、彼らは叶えてくれなかった。メスとしての本能をもてあそばれはしたが、優羽の体には今のところ傷一つついていない。
しかも、こうして心地いい空間を与えてくれている。
「涼…っ…陸」
せめてもの抵抗に、目をあけるのをためらう。
勘違いしてはいけないとわかっていながら、心安らぐ感覚を拒否も出来ない。自分は食料なのだから変な期待をすると後で悲しむことは容易に想像がついた。
だからこそ生きていることが夢であればと願う。私はもう死んだと思おう。幸せだと感じることなんてありはしない。
もう一度眠れば、生きている現実が今度こそ夢になるかも知れなかった。
「少しいいかな?」
聞いたことがあるような、ないような声に導かれるようにして、優羽はうっすらと意識を起こし始める。
ここが本当に現実の世界で、今までの夢のような出来事の全てが現実だったというのなら、今、真上から覗き込むようにして見える顔の持ち主は、遠吠えを森中に響き渡らせていた"あの"狼だった。
優羽はぼんやりとした意識のまま、さかさまに見えるその狼を見つめる。
「起きてくれるかな?」
口調は優しいが、目は笑っていなかった。
敵か味方か。
自分たちの領域に招かれた餌は毒を持っているのではないかと、疑心にあふれるまなざしだった。
「はっ…はい。」
ふわふわの毛並みの中でまどろんでいた意識が呼び覚まされ、優羽は慌てて身体を起こす。
「ッ?!」
起きあがることが予想以上に辛かった。
重たいと思っていた全身はやはり重く。特に腰を中心としたダルさで、ひどくぎこちない動きしか出来ない。
「あっ!?」
顔をゆがめながらなんとか身体を起こし、自分を見つめる狼と向き合うように立って初めて、優羽は自分が一糸まとわぬ姿なことに気がついた。焦った優羽は、起き上がる時とは比べ物にならない速さで腰をおろす。
そのまま自身の身体を丸めるようにして身を隠すと、おずおずと周囲を見渡した。
「あ…あの…これは…その…っ」
ジッと見下ろしてくる狼相手に、寝起きの頭では言い訳もままならない。
どうして裸なのかとか、左右で無防備に眠っている二匹の狼と何をしていたのかとか、容易に答えられない質問をされたらどうしようと、そればかりを考えていた。
聞かれる前に、何か言えることはないかと模索する。
でも、その必要はなかった。
「涼も陸も随分優しい食べ方をしたんだね。」
「……えっ?」
いつのまに狼から人間の姿になっていたのか、珍しいとつぶやきながら目の前の男性はくすくすと笑っている。床で寝息を立てる二匹の狼を見つめるその顔があまりにもきれいすぎて、優羽は顔を赤くしながら無意識に自分を抱きしめる腕に力を込めた。
目のやり場に困る。
「そのままだと話すこともできないだろうから、服を着てくれるかな。」
突然、手渡された服に驚きはしたが、優羽は顔を上げることが出来ずに床に視線を泳がせる。
「俺はあまり気が長くないから、早くしたほうがいいよ。」
「あ…っ…はい。ありがとうございます。」
優羽は戸惑いながらも、しゃがみこんだまま彼から服を受け取った。視線をうまくあげられないのは、涼や陸の時もそうだったが、狼から人間の姿になった彼らがそろって服を着ていないからに他ならない。
全身に変な汗が吹き出しそうなほど熱く感じるが、エサである身に「羞恥」の二文字は必要ないのかもしれない。今から食べられるかもしれないのに、服を着る方が変な気分さえしてくる。
しかし経緯はどうであれ、服を着ないまま、まともに話すことなんて出来なかった。ただでさえ目のやりどころに困る容姿を持つ麗人相手に、意識は混乱している。
「あ、あの…っ…イヌガミ様たちは、服を着ないのですか?」
せめて全裸をやめてほいい。
目のやり場に困るからと、優羽は心にわいた疑問を口にした。背を向けて、服の袖(ソデ)に腕を通しながら、優羽はその質問に対する答えを待つ。
「あの……イヌガミさ───」
長く感じる沈黙に耐えきれず、聞いてはいけない質問だっただろうかと、優羽は背後を盗み見た。
「──ッ!?」
ジッと見られていたことに気づいて、優羽は慌てて視線を戻す。
赤い顔をしているだろうことは、誰に言われるまでもなくわかっていた。