★妄想小箱 - 読切 -

□夜蝶
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気がつけば、あんなに自分の居場所かもしれないと思っていた花園の花たちでさえ、蝶を冷たい瞳で眺めています。

ヒソヒソと囁きながら

まるで、そこに蝶などいないかのように、花たちは嘲笑(チョウショウ)の声をもらしておりました。


「…ッ……」


いてもたってもいられずに、蝶は逃げ出します。


「逃げるのね。なんて弱虫なのかしら。」


後ろの方で、あの蝶を筆頭に笑い合う声が聞こえてきましたが、蝶は振り返ることなく羽ばたいていきます。

悲しくて

寂しくて

死んでしまいそうでした。
それなのに、悔しいのです。

たまらなく自分がイヤで、イヤで仕方ありませんでした。


「〜ッ〜」


真っ暗な闇の中を泣き虫の蝶だけが進んでいきます。

どうしたらいいのか

何をしたらいいのか

もう、すべてが信じられなくて、どこに行けばいいのか見当もつきません。

それでも飛び続けなくてはいけないのです。

止まることは出来ないのです。

そうして、ただひたすらに飛び続けていた蝶は、やがて一輪の花を見つけました。


「なぜ、あなたはここで咲いているのですか?」


蝶は、尋ねました。

こんな暗闇の中で、たったひとりきり。

他にも花園はたくさんあるのに、なぜ一輪で寂しく咲いているのかと、蝶には不思議でたまりません。


「わからない。」


花は、そう答えました。


「わたしはただ、ここなら綺麗に花を咲かせられるんじゃないかと思っただけ。」

「ひとりきりなのに?」

「そうよ。」

「なぜ?」

「なぜ?」


蝶は、今まで見てきた中でも、とりわけ凛としていて、甘い匂いをはなつこの花ならば、どこにいっても持て囃(ハヤ)されるだろうと思いました。

だからこそ、余計に、誰にも負けない力強さがありながら、こんな寂(サビ)れた場所で一人ぼっちの理由が知りたかったのです。

不思議そうに首をかしげた蝶と同じように、花もまた、不思議そうに首をかしげてみせました。


「なぜ、誰かがいなければならないの?」

「えっ?」

「他の誰にも、わたしの花は咲かせられない。わたしは、わたしの咲きたいように咲いているだけ。だから、どこだろうと関係ないの。」


蝶は驚いて、思わずその場に羽をおろします。
そして尋ねていました。


「あなたはそんなに美しいのに、誰にも見られたいと思わないのですか?」

「なぜ?」

「なぜ?」


心底不思議そうな花の問いに、蝶は答えることができません。


「なぜ?」


もう一度、花は聞いてきます。


「なぜ、自分の生き方を他の人に評価されなくてはならないの?」


今度こそ、蝶は言葉を失いました。
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