★愛欲の施設 - First Wedge -
□第二夜 許された味見
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涼は閉じた瞳の奥で、ただ黙って陸の次の言葉を待っていた。
その様子から察するに、自分の気持ちと陸の言い分を照らし合わせているようにも見える。
「どういう経緯で、優羽のこと気にいったか知らないけどさ。僕もなんだか優羽のこと気にいっちゃったんだよね。素直だし、純粋そうだし、美味しいし。」
考えるだけ無駄だったらしい。
素直というより正直といったほうがしっくりくる陸の言い分に、涼ははぁっと盛大なため息をはいた。
「だから?」
あきれたように涼が声だけで陸に問いかける。
いつのまに少年から元の狼に戻ったのか、陸はピンッととがった耳を揺らして涼のそばでふせた。
「僕にちょうだい?」
おねだりは末っ子の特許のようなもの。
年長者は必ず譲ってくれることを知っているからこそ、陸はいつもの様子で涼にそのキラキラした瞳をむけている。内心、陸にも自信があったのだろう。
「涼だって、別に優羽に固執してるわけじゃないんでしょ?」
長年一緒に過ごしてきた兄の性格は知っている。
「特定の一人に執着したことなんか今までないもんね。」
明るく言い切った陸の言葉に、涼の視線が細く変わった。それを知りながら、陸は変わらない調子で言葉を口にする。
「あ、勘違いしないでよ。今回は遊び道具がほしくておねだりしてるんじゃないんだから。」
おねだりの自覚はどうやら陸にもあったらしい。
涼は口数の減らない兄弟に言い返すつもりもないのか、しっぽまで楽しそうに踊る陸をただ黙って見つめていた。
「難しいことはよくわかんないけど、いま、涼のところに優羽がいるってだけで、無償に腹がたつんだよね。」
「優羽は陸の女じゃない。」
「涼の女でもないじゃん。」
「俺が見つけた。」
冷めた視線で言いきった涼に、陸の顔がふてくされたものに変わった。あきらかに不満だと全身が告げている。
「見つけたのは、涼かもしんないけど、それだけでしょ?」
無邪気とは恐ろしい。
頭で思うことがそのまま口から言葉となって出てくる陸に、涼は言い返す言葉が見つからずに視線をそらした。
一番最初に見つけただけ。
確かにそう言われてしまえばそうかもしない。
「勝手に連れてきて、無理矢理犯して、俺の女だって言ったって、優羽は理解してくれないと思う。」
正論かもしれないが陸に言われると素直に聞くことができないのか、涼は無視することに決めたらしい。
「ちょっとずるいよ。いつもそうやって逃げるんだから。」
言い返さない涼に、陸はふてくされた顔に優位な色を見せ始めた。だが、次の涼の一言で見事なまでに打ちひしがれる。
「優羽は、自分から望んで俺のもとにきた。」
「嘘ッ!?」
「嘘じゃない。」
今度は、涼が不敵な笑みで陸をみおろす。
「優羽は、わかった上でついてきた。」
「えぇぇぇ。絶対ウソだよ。どこの世界に、食料として自分から身をささげる人間がいるって言うのさ。絶対、涼が強制連行してきたに決まってるよ。」
「そう思うなら、それでいい。」
「え、それはヤダ。」
真顔なうえに即答で言いきった陸に、涼は不可解な目を向けた。
いまではすっかり愛くるしさしか残らない陸の姿に、真意を問いかけるのは無謀だと思いながらも答えを聞かずにはいられない。
「優羽が自分から来たんだったら、僕にも選ばれる権利があるってことになるよね?」
どこからその解釈が生まれるのかはわからないと、涼の目はあきらかに陸を馬鹿にしている。
「ならない。」
ふんっと涼はもう相手にしないといわんばかりに鼻を鳴らして寝る体制をとった。
それもいつものことなのか、陸はめげずに涼の耳に言葉を吹きかける。
「じゃあ、僕が涼から優羽を奪ってみせるよ。」
「無理だな。」
「やってみなくちゃ、わかんないじゃん。現に優羽は、涼の目の前で僕に食べられたんだよ?」
交わされる視線の間に、一瞬にして殺気が火花を散らせた。
いつでも受けて立つと、お互いが臨戦態勢(リンセンタイセイ)に入る刹那、空気がゆれる。
「…っん…」
寝がえりをうった優羽の動きに、張り詰めていた空気は流れ去ってしまった。
そこで、お互いに顔を見合わせて苦笑する。
「起しちゃ可哀想だから、優羽が起きてからにする?」
「優羽は、俺のだ。」
それで話しは終わりだと言わんばかりに、涼は陸から視線をはずして優羽の方へと、その鼻先をかえた。
「えぇー。」
陸が、不満な声をあげながら床に鼻をつける。
「あんまり独占欲丸出しだと、嫌われちゃうよ?」
そのまま丸まって眠る体制をとった陸の言葉に、涼は優羽を強く抱きしめることで答えた。
誰にも渡したくない。
その意志は譲れそうにない。
お互いに胸の内を秘めながらも、そのどちらもが初めて感じる感情に戸惑いを見せていた。
何故かわからない。
それでも、安寧(アンネイ)の寝息をたてる優羽の存在が、これからの運命に深く関わるだろうことだけは、心のどこかで感じていた。
────To be continue.