★魔力という名の免罪符
□第一章:魔力なんかいらない
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《第三話:鉄格子の鳴き声》
目が覚めるとすべてが夢でした。
それを期待して目を開けてみたのに、麻祐はぼんやりと見える景色に儚い希望が打ち砕かれたことを知った。
「ぅ…っ…ん」
裸のまま石畳の床で寝ていたからか、体の節々がきしみをあげて痛んでいる。
「あ、起きた?」
その声に寝起きの意識が引っ張られるように、麻祐は体制をひねりながら顔を向けた。
まだ夢の中にいる頭では、視界もぼんやりと輪郭線が崩れるらしい。
「だ、れ?」
麻祐は起き上がりながら目をこすり、声をかけてきた人物を特定しようと視界を細めた。
そして瞬時に、目を見開く。
「誰!?」
外は晴れているのか、太陽光がわずかに差し込んで塔の牢内を照らしている。アーチ状の天井も簡素なベッドも昨日見たままで、灰色の石畳と壁にあるシミや傷も昨日と同じ、さび付いた黒い鉄格子も記憶の中に存在する。それなのに、麻祐は縛られた複数の男たちを束ねた紐を持つ人物に心当たりがなかった。
「いやだな、忘れたの?」
爽やかな風貌、短めの黒い髪と細いのに鍛えられた体。一見してモデルのようにバランスの取れたスタイルと整った顔の人物に心当たりはない。
けれど、困ったように笑う優しい声には少しだけ心当たりがあった。
「え、い、イヴァン?」
無意識にかけられていた毛布で体を隠していたのは言うまでもない。
「なんだ、覚えてるじゃん。」
朝一番に子犬のように笑うその人物と今ここで昨晩と同じ状態になれば、たぶん顔面が沸騰して死んでしまうと思う。
本当にこの世界の女性は男の見る目がないらしい。
優しくて、見た目もよければ引く手あまただろうにと麻祐はどこか憐れみを込めた目でイヴァンを認識した。
「なに、どうしたの。」
顔がよくてスタイルがいいだけの男に貰い手がないとなると性格を疑うところだが、イヴァンに至っては性格も問題なさそうで、夜の営みも十分すぎるほど合格点をあげられると麻祐は一人うなずく。
その様子を不信がって見られている眼差しに気づいて、麻祐は慌てて首を横に振った。
「べ、別にな、なんでも。」
「変なの。あ、体がどこか痛む?」
「それは、まあ、少しだけ。」
麻祐は床で寝ていた後遺症に苦笑する。
それでもイヴァンのせいではないのだから、彼に何かを言ってもどうにもならない。それよりも、麻祐は内心、寝起きの状態をイケメンに見せる日が来たことに焦っていたが、あいにく、メイク道具もドライヤーもこの牢の中にはないのだから泣けてくる。
「麻祐は本当に可愛いね。」
「は?」
焦りのせいで変な裏声が出てしまった。それを誤魔化すようにまた麻祐は視線を泳がせて、今度は毛布で顔を隠す。
「どうして顔を隠すの。寝顔も可愛かったよ。」
「うそ、私、寝顔すごい最悪だよ。」
たしか彼氏にそう言われたイヤな記憶がある。それ以来、人前で寝ることすらためらうほど気にしていることは誰にも言っていなかった。
イヴァンの目は節穴かと麻祐は毛布から顔を出してその目を見つめた。
そして後悔した。
「麻祐は寝ていても起きていても可愛いよ。」
天然なのか計算なのか、いやイヴァンの場合、天然のたらしなのだろうという憶測が正しいような気がする。
「もう、やめてよ。」
嫌味を感じさせない率直な賛辞を面と向かって受け止めきれるほど、失礼ながら麻祐にモテた記憶はない。そのため自分でもわかるほど真っ赤になった顔を隠すために、麻祐は再度毛布で顔を隠した。
「ね、ねぇ。」
くすくすと本当に裏表のない子犬のような笑顔に見つめられる恥辱に耐え切れずに、麻祐はイヴァンに声をかける。
ペットショップの動物たちはきっとこんな気分で将来の飼い主を見つめていたのかもしれないが、麻祐も鉄格子の牢の中から外の世界にいるイヴァンにすり寄るように、座ったまま一歩体を前に傾けていた。
「なに。魔力足りないの?」
「ちっちがうから。」
モデルばりのイケメンと朝から二回戦ができるほど心臓は丈夫ではない。
麻祐は赤い顔の前で手を横に振りながら、イヴァンの周りで縛られている男の方に視線をおとす。
「その人たちどうしたの?」
見たところ全員気を失っているようだが、ざっと数えて五人ほど。イヴァンは麻祐の質問の意味を理解して、「ああ、この人たち?」とさわやかな笑顔で恐ろしいことを言ってのけた。
「麻祐を襲いに来た不届き者たちだよ。」
「え?」
その驚きの声に意識が戻ったのか、縛られたうちの男の一人が小さくうめく。その瞬間、ほんの一瞬の出来事だったが、イヴァンが軽く蹴りをいれたせいで、男はまた意識を失ったようにおとなしくなった。
「へ、へぇ。」
人は見かけによらないとはよく言ったものだと麻祐は視線をイヴァンから牢内に戻した。