★八香姫は夜伽に問う
□第二夜:遅咲きの初陣
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「これは、なかなかに見ごたえはある」
「ッ…ぁ…はぁ」
パサリと音を立てた雪乃の黒い髪が半円を描いて揺れ落ち、上半身に赤い花を咲かせた半裸の妖が、兼景のうえにまたがっている。
「私も八香の女です」
「それで?」
余裕の笑みを向けてくるその姿が勘にさわる。
「兼景様は戦で負け知らずかもしれませんが、床の上では私が勝利をおさめます」
「ゆずれというのか?」
「譲ってほしいのではありませ、んっァア」
「では、どうする?」
くすくすとあざけるように、腰を突き上げてきた男を打ち負かしてやりたいのに、すっかりほぐされた花弁は兼景の動作ひとつに反応してしまう。けれど、それではいけないのだ。
他の女と違い、八香家の女が大事な局面で寝所に召される意味を思えば、こんなところで主導権をとられたままにしておくことなど出来やしない。
「兼景様…っ…ぁ」
求めるままに男根の上に腰を落ち着け、開いた股の奥まで迎え入れていく内壁の動きだけが女の武器。
「高ぶった気を落ち着けてくれるのか?」
「ッ…ぅ…んっ…ぁ」
「敏感に感じているのはお前の方だぞ」
自ら腰を動かし、なまめかしく貪る女の欲望に兼景の手のひらが伸びてくる。
「ッ…はぁ…ァッぁ」
「雪乃、休んでいては話にならん」
「ひっ…ぁ…ァア…っ」
上半身を起こしてきた兼景に結局抱きしめられた雪乃は、その胸の先で固くとがる蕾を口に含まれ、いやいやと弱々しい首を横に振った。
「足を曲げ、そのまましっかり座っていろ」
「ッぁ…あ」
「それくらいは仕込まれているだろう?」
どれくらいの年月をかけて鍛錬を積んできたと思っているのか。雪乃は成果を披露するように、兼景の上で優美に腰をねだる。
「〜〜ッ…ぁ…ふぁ」
後ろに抜けないように抱き留めてくれる兼景の腕が優しくて、ただ微睡むように溺れる空気の密度だけに支配されていく。
淑化淫女。それは、しとやかで美しい女こそが淫乱に化けることが出来るというもの。その教えの通り、寝所の雪乃は昼に見せる顔とは別の顔で男を誘いにやってくる。
「妬けるな」
「んっ…ぁ〜〜はぁ、ぁ」
「女としての悦びを教える役目は俺がよかった」
欲望のまま、互いに貪る行為に終わりが見えかけた頃。突如、それまで微笑ましいほど穏やかだった兼景の雰囲気が変貌の兆しを見せ始めた。
「ぁ…ッ…かね、かげさ、ま?」
敏感に察知した雪乃が、うつろな瞳で兼景を覗き込み、そして咄嗟に目覚めるように腰を引く。
「ァッ…ぁ…だめ」
「気が変わった」
「ダメ…かね…ッん〜ンッ」
熱い口づけに腰に突き刺さる男根の脈絡が強くきしむ。再び濃厚な酸素不足に襲われて意識が思考を放棄しそうになるが、ここは是が非でも阻止しなければならない局面だった。
八香の暗黙の掟。
「やはり無理矢理にでも正室に召し上げよう」
逃れられない口実を残して帰ることは禁忌。正室でも側室でもない、特別な地位に君臨する八香家として、安易に受け入れてはならないもの。
「ァァア…ッひ…ぁ…だめ…ァいやぁ」
主従関係ではない特別な存在として認識されなければならない。
傀儡(カイライ)になり下がりたくなければ、言いなりに染まってはいけない。
何度も頭の中に叩き込まれてきた教訓が今になって雪乃の目の前をちらついてくる。けれど、本気になった武将相手に一介の少女が何を阻止できるというのだろうか。
「雪乃、俺の名をその内に刻め」
「ッ?!」
息をのんで腰を引こうとしたところで後の祭り。
「ダメです…兼景さ…ッぁ…なかは、中はだ…だめぇえぇ」
情を沸かして、欲に溺れぬように。
そう注意されてきたのに、雪乃は自分の内部に解き放たれた白濁の波動を感じながら小さな痙攣を繰り返していた。
「ぁ…ァ…はぁ…ッ…ぁ」
腰を抱きしめて離さない兼景の腕の中で、一気に駆け上った山頂の息切れが心臓を破ろうとけしかけてくる。それなのに疲れ知らずの戦人は、まだ物足りないという風に、荒い息を吐き出す雪乃の肌に吸い付いていた。
意識が記憶を刻むことを放棄しそうになってくる。
「雪乃、今夜の勝ちは俺に譲っておけ」
そう嬉しそうに笑う兼景の欲望に飲み込まれるようにして、雪乃の声は再び甲高い嬌声を上げていく。嵐の中を舞う木の葉のように溺れていく。
敏感にうねる快楽の渦には逆らえない。
ろうそくの明かりが消えるまで、その影はひとつに重なったまま離れようとはしなかった。
─────To be continu...