★八香姫は夜伽に問う

□初夜:八香の手練れ
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中に灯るロウの動きに合わせて、行燈に照らされた黒い影が揺れ動く。淡い橙色の温かな光は宵闇の中で色香に揺れ、安易に男女の交わりを映し出していた。


「ッ…ぁ…はぁ…アッ」


男にすがるように敷かれた女の体は、直後ニヤリと恍惚な笑みを浮かべて反転する。長くしなやかな黒髪が半円を描いて宙に踊り、パサリと軽やかな音に合わせて、筋肉美を見せつける男の胸板をそっと叩いた。


「敦盛(アツモリ)さま…ッ…今夜は…容赦しなく…て…よ」


吐息にどこか楽しさをにじませながら、女は優美に男を見下ろしていた。ドクン。内側に突き刺さる男の脈絡が、何かを期待するように反応する。その反応を最初から予想していたのか、女はさらに優越な笑みを浮かべて、男を見下ろすようにゆらりと腰をひねる。
そうしてなまめかしく腰に輪をかける仕草に、男もまたどこか愛おしそうに彼女をじっと見上げていた。

時は、戦国。まだ暴力が世界を支配し、弱者が強者に虐げられる時代。女という力に劣る生き物は、男の支配下に守られて生きるしかなく、自然の中で権力を持つなどという幻想は抱いていなかった。女は非力。子を成すだけのただの道具。そのように扱われていた者も多かろう。しかし、ここに女という存在そのものを武器として、男を支配すると言わしめるほど巨大な力をもった女系一族が存在していた。


「ッさすがは、野菊(ノギク)…八香(ヤカ)の血を…継ぐだけの…ことは、ある」

「ふふっ…当然で…ございますわ」


八香一族。
交わりを重ねることで不思議な術を操り、相手の潜在力を高めたり、治癒効果をもたらせると言われている。古くは戦神の血を引き、勝利を約束する巫女とまで噂されていた。その一族を使役することで、繁栄を極める一族が存在してもおかしくはない。それが、現在天下人にもっとも近いと言われる志路(シジ)家。


「ねぇ、敦盛さま…っぁ」


交わる部分へとつながる箇所に両手を添えながら、野菊はねだるように静かに腰を動かし始める。ゆっくりと奥と浅瀬を繰り返すように出入りする男根に、敦盛と呼ばれた男の方が苦しそうな表情を浮かべていた。


「わらわに、願い事がおありなんでしょ?」


橙色の行燈の光に揺れ動かされるように、吐息が夜風に揺れて濃密さを増していく。


「ほら、さっさと言ってくださいな」


くすくすと手練手管を披露するように野菊は敦盛を見下ろしながら、ぺろりと唇を舐め上げた。
ドクン。また野菊の内部に突き刺さる敦盛の化身が大きく脈をたぎらせる。「まったく、この女は」と苦渋の笑みを浮かべてしまうほど、野菊の内壁は表立ってはわからないほどに、精巧な作りをしていたのだから無理もない。


「野菊…っこら…わしのを…くっ」

「呼び出したのは誰?」

「それは…ッ…わ、わしだ」

「ンッ」


達することを先延ばしにすればするほど、張り巡らされた罠にはまっていくことはわかっている。わかっていても、どうにもできないこともあるのだと、敦盛は悔しそうに野菊の腰をつかんだ。


「まだ、敦盛さま…ッ…まだ、よ」


二人そろって高揚感をみなぎらせた表情を向けあう。
野菊の長い髪が揺れ、そのしなやかな指先は腰をつかむ敦盛の手と重なるように、すっと影をすべらせていく。


「この野菊に隠し事は”出来ない”って知ってるわよね?」

「ッく」

「戦人が束の間に出来た時間、奥方ではなく八香であるわらわを呼んだには、それ相応の理由があるのでは?」

「しかし…っ…お前の許しがでる…か」

「なん?」


ぴたり。少し不審な顔をした野菊が腰の動きを止め、覗き込むように敦盛の上で体を折り曲げる。


「わらわの許しがいるなんて、よっぽどのことよ?」

「ッあ…だから…それを止め…っ」


前世は蛇か何かだったにちがいない。妖艶に敦盛を水平に眺めながら、野菊はチロリとのぞかせた舌先で、敦盛の肌を舐め上げる。戦場では向かうところ敵なしと恐れられる屈強な将軍も、野菊と共に過ごす床の上では敗北を悟るのにそうそう時間はかからない。技巧を極めた野菊の愛撫に、敦盛はたまらず感嘆の息を荒げていた。


「わかった…わかったから、許してくれ」
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