★愛欲の施設 - Love Shelter -
□第18話 内緒の電話
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《内緒の電話》
空は高く、薄く広がった雲が水色のキャンパスに飛行機の線を描いている。
穏やかな太陽の光が降り注ぐこんな日は、快適な家の中ではない、庭を望めるテラスが一番心地いい。
「美味しい!」
新しいワンピースの上から少し厚手の上着をはおり、ブランケットを足元にかけて過ごす贅沢な時間。
庭のテラスに設けられたガーデンチェアーに腰かけながら、すっかり紅葉に色づいた世界を眺め、目の前のテーブルに並ぶお菓子たちに心まで奪われる。きっと中世貴族のお嬢様たちは、こうした時間をいくつも過ごしていたに違いない。
「幸せ。」
温かな飲み物は、冷たい風が時折はしる外気の中でホッと身体を癒してくれる。
美味しい食べ物と温かな飲み物と優雅な時間。これ以上ない空間に満足そうな顔を見せていた優羽は、玄関先で大きなバイクにまたがる竜を見つけて立ち上がった。
「竜ちゃーん。いってらっしゃい!」
ぶんぶんと手を振ったのに気づいてくれたのか、竜が近づいてくる。
「ごめんな、優羽。」
「ううん、いいの。」
なんとも金持ちらしい午後を過ごせるように演出してくれた人物は、幸彦たってのお願いを叶えるために今夜のワインを調達しにいくらしい。
一緒について行きたかったのだが、遊びにいくのではないからと留守番を言い渡された。
「しゃーないなぁ。」
そう言って頭を撫でてくれた竜は、ふてくされた優羽の機嫌をとるために、晩秋の贅沢アフタヌーンティーセットをこしらえてくれたのだから文句は言えない。
「すぐ帰ってくるから大人しぃしときや。」
「うん。竜ちゃんが作ってくれたお菓子食べて待ってる。」
こぼれ落ちた笑顔に嘘はない。
けれど、もっと嬉しそうに笑う竜に、優羽の顔は紅葉にも勝るほど真っ赤に染まった。
「ほんま可愛いやっちゃな。」
どうしてそんな風に笑うのか。
強面の竜は、陸並みに感情が表情に出るのだろう。
こっちまでつられて嬉しくなる。
そして、少し恥ずかしくもなる。
「ほな、いってくるわ。」
「あ、うん。いってらっしゃい。」
見上げてくる竜をテラスから見下ろす。
たった数秒見つめあっただけなのに、胸の奥から何とも言えない愛しさが込み上げてくる。
「携帯、ちゃんと持っときや。」
「はい。」
今度は大丈夫。
恐怖の着信履歴事件以降、優羽は全員が近くにいれないときは、常に携帯を持つ癖がついていた。
「あーあ、行っちゃった。」
独特の低音を鳴らして走り去っていくバイクを眺めていた優羽は、穏やかな午後を再開させるためにテラス席へと戻る。
寂しくないと言えば嘘になるが、こんな贅沢さを一人で楽しむには何か勿体無い気がしてならない。
「輝もお仕事忙しいし。」
クリスマス商戦が目前に迫り、年末年始、バレンタイン、ホワイトデーと恋人たちの熱い夜が繰り返されるイベントラッシュが控えている以上、玩具会社の天才発明家に休日はないらしい。
幸彦と晶は仕事、戒と陸は午後の授業中だろう。
「はぁ。」
温かな飲み物を両手で握りしめながら、優羽は深いため息をはいた。
「涼、元気かな?」
思い返せば、彼と初めて会ったのはこの場所だった気がする。
まだ初夏の季節。
眼鏡をかけた美麗な執事の存在は、忘れたくても忘れられるものではない。
あの頃はまだ魅壷家の一員になったばかりで、涼を初めて見たその日に地下室で輝と初めてを過ごした。
「あの頃は、まさかこんなことになると思わなかった。」
よく聞く台詞が、今の自分の心境によく当てはまる。
この半年は短いようで、何もかもが変わった。体感は長く、もう何年もここにいるのではないかという錯覚すら覚えている。
「不思議。」
ポツリとこぼした独り言に、両手の中のカップに入った飲み物が揺れる。
「もっと前から一緒にいるみたい。」
ふふっと、一人笑みがこぼれ落ちた。
そんなことがあるわけないのに、何を言っているのだろうと自虐的な感情が押し寄せてくる。
彼らを愛しく思うようになったのはいつの頃からか、目を閉じればまぶたの裏に顔が浮かぶほど、もう自分の一部に感じている。けれどそれは全部で七人。家族として暮らす六人だけではなかった。
「涼。」
それは息みたいに自然に口からこぼれた。
─────♪…♪〜♪♪……
「ッ?!」
息が止まったなんてものじゃない。
危うくカップごと床に飲み物をこぼしそうになった優羽は、慌てて携帯の通話ボタンを押した。
「もっもしもし?」
テーブルの上にカップを置いた手もそうだが、耳に押し当てた携帯を持つ手も震えている。