★愛欲の施設 - Love Shelter -

□第19話 戸惑いの刻
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《戸惑いの刻(トキ)》

庭一面を赤く染めていた落ち葉の絨毯もまばらに剥げ、吹き抜ける風の冷たさに小枝が震えている。冬の到来を告げたせいか、外を出歩くには防寒具に身を包まなければならないだろう。
温度管理の行き届いた魅壷邸にその心配は必要ないものの、この季節にしては少し薄着のワンピースを着た優羽でさえ、もう外のテラスで過ごそうとは思わなかった。
それに、今日は朝から灰色の分厚い雲が垂れ込め、お世辞にもいい天気とは言えない。


「ちょっと、今のは反則だよ!?」


陸の声に反応した優羽は、窓の外を眺めていた顔をリビングへと戻す。


「負け惜しみ言うなや!!どぉ見たって正攻法やんけ!?」


仲良くゲームをしていたはずの陸と竜が不穏な空気を漂わせ始めているが、残念ながらその喧嘩を誰も止めようとしていなかった。


「違うよ。僕が反則っていってるんだから反則なんだよ。」

「んな、お子様ルールが通用する思てんのか。ほんま、そういうとこばっかり、親父そっくりやなぁ。」


リビングの中央を陣取った陸と竜はもちろんのこと、晶も輝も戒も各々に好きなことをしてリビングに居座っている。
珍しく兄弟全員が集まっているのは、例の警報が出た日と同じ。仮病という名のずる休みに他ならない。


「優羽、お茶いれようか?」

「あっ、私がいれてくるよ?」

「ダメですよ、ここにいてください。」


台所へ席を立つ晶についていこうと腰をあげたはずの優羽は、戒に抱きつかれてソファーの上に舞い戻った。背後から抱きしめてくる戒の腕の中から、優羽は困ったように晶を見上げる。


「私、冷たいのが飲みたいんだけど。」

「いいよ。」


苦笑しながら晶は台所へ消えていったが、それと同時に、陸と竜の叫び声がこだました。


「うっせぇ!!」


ボンっとクッションを投げつけた輝のおかげで陸と竜の喧嘩はおさまる。ソファーの上で横たわりながらうたたねをしていたのに、邪魔をされたことがよほど癇に障ったのだろう。鋭利な視線をむけながら輝は半身をおこしていた。


「ギャーギャー、ギャーギャー騒いでんじゃねぇよ!!」

「輝だって騒いでんじゃん!」

「ほんまにな。」


うんうんと竜が陸の言葉にうなずいているが、なんとも仲が良さそうな三人に優羽は知らずと顔を綻(ホコロ)ばせる。
外は気持ち悪いほど静かな悪天だが、家の中が明るいと気持ちはそれほど沈まない。


「呑気に笑っている場合じゃないですよ。」

「え?」


斜め後ろから戒の疲れた声が聞こえてきた。
いつもの戒とは少し違う。
誰もがそうだが、どこかピリピリとした音が走っているかのように殺伐とした空気がどんどん部屋に広がっていく。
朝は幾分マシだった空気も昼になった今では、たまに息苦しくなるほど重たく感じる時があった。


「戒?」


抱きしめられたままソファーに座っていた優羽は、その状態を崩さずに、気遣わしげに戒へと振り返る。


「戒、大丈夫?」

「輝ほどではありませんよ。」

「え?」


それはどういう意味だろうと優羽が戒に手を伸ばしかけたその時、「はい。」と、台所から戻ってきた晶にコップを差し出される。


「あ、ありがとう。」


咄嗟に受け取った優羽は、お礼をいいながら窓の外に見える灰色の世界を見つめた。
無音の世界。
渦を巻く薄暗い雲のせいで太陽の光は遮断され、鳥も虫も隠れるように息を潜めているみたいだった。


「あ、雨。」


コップに口をつける寸前で、空の変化に気付いた優羽は、大粒の水滴が地面へと叩きつけられたのを見て呟く。
突然、激しく降り始めた雨に、もともと薄暗かった家の中は、夜とも思えるほど暗く変わっていった。


「みんな、大丈夫?」


窓を打ちつける風も雨も異常なほど荒れ狂っているからか、優羽の声は豪雨の音に混ざってよく聞き取れない。
暗い雰囲気に包まれた室内は、静寂と沈黙が支配しているようだった。


「ッ?!」


朝から機嫌最悪の兄弟に顔を戻した優羽は、思わずゴクリと息を飲む。全員が寝不足なのか風邪気味なのか、疲れたように苛立っているのを見るのは初めてで、その異様さに何故か鳥肌がたった。


「キャァ!?」


雷が落ちたような音に驚いて優羽は叫ぶ。
空の明滅と合わさるように、家の住人たちの顔が光って見えた。


「って、あれ?」


手に持っていたコップの軽さに不自然さを覚えた優羽は、持っていたそれを見て顔を青ざめさせる。
飲み物を盛大にこぼしてしまったまではいいとして、もちろん密着していた戒に、その被害が及んでいる。


「かっ戒ッ!?」


顔面からお茶をあびせてしまった戒に、優羽は慌てて非礼を詫びた。


「大丈夫ですよ。優羽も濡れています。」

「えっ、あっ。タオ──ッ!!?」


再び響いた雷豪に、優羽は悲鳴を飲み込んで窓の外を睨む。


「怖い?」


誰かわからない声が優羽にたずねた。
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