★愛欲の施設 - Love Shelter -
□第16話 新たなる刺客
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《新たなる刺客》
長袖がすっかり定着した秋も深まる頃。浮気騒動も落ち着き、豪邸の中ではすっかり日常生活に馴染んだ優羽がいた。
あれからすっかり過激になった愛情表現は健在で、数日間は筋肉痛に悩まされたが人間とは不思議なもの。
もう身体は柔軟に対応できる能力を会得したらしい。おかげで変な体力の自信がついてしまった。
「〜〜〜〜っ」
愛しているということをわかってもらわなければ困ると言わんばかりに、お嬢様を通り越してお姫様扱いに変わった日常生活。
そんなことをされなくても、彼らを手放すことなんて出来ないのに、いつまでもドキドキと平常心を失って、日毎にハマっていく感覚がすでに麻痺している。
それなのに今日、彼らは不在。
そのため、甘い痺れと所有欲の証をその体に刻んだ優羽は、久しぶりに暖かなブランケットを膝にかけ、柔らかなソファーに身体を沈めて、巨大なスクリーンで映画を見ていた。
「ぅ…ぐすっ…ッ…〜」
これは泣けると有名になっていた映画は、先日発売されたばかり。
幸彦と晶と輝は仕事、戒も陸も学校で、ひとりで家にいる優羽のためにと幸彦が買っていてくれたDVD。最初はひとりで映画なんて見てもつまらないと思っていたのだが、今ではこのシアタールームを充分満喫している。
「…っ…んー」
エンディングを迎える頃には映画の世界にひたれるほど、この巨大スクリーンと天井に備え付けられたスピーカーの威力はすごい。
グスグスとひとり鼻をすすりながら映画部屋を後にする頃には、窓から黄金色の陽光が差し込んでいた。
「映画って時間たつの早いなぁ。」
朝に家の仕事を簡単にすませ、映画を観始めたのは昼過ぎだったはず。
夕暮れが早くなった秋の暗さに、知らずと時計の針に目がいった。
「あ、もうすぐ戒と陸が帰ってくるかも。」
リビングで時間を確認した優羽は、今日の夕食は何を作るのかと台所に足を運んでいく。
「う〜ん」
冷蔵庫をあけて、思わずうなり声をあげた。
「空っぽ。」
別に何も入っていないわけではない。
夕食に使える食材が何もなかったのを今になって思い出した。
「こっちに何かあるかな?」
買い物に行きたくても輝に車を出してもらわなければ町まで遠いし、第一お金をもっていない。
以前、幸彦にもらったカードと現金は、その翌日にちゃんと返却した。
持っていなさいと言われたが、使い道はないので必要な時に声をかけるからと説得したことが悔やまれる。
戒に電話してみようかと思ったが、その前にキッチン奥の食物庫を覗いてみようと優羽はその扉をあけた。
「えッ?!」
スローモーションでゆっくりと大きな段ボールが降ってくるのが見える。
外へとつながる扉が何故か開いていて、沈み行く金色の太陽のせいでその顔はわからないが、確かにそこに誰かいる。
「キャァァアっ?!」
なだれ込んでくる荷物の津波に、優羽は両手で顔をかばうように身体をひねった。
「……あれ?」
痛くない。
確かに段ボールが真横で散乱し、大量の野菜や食材が飛び出している床に倒れ込んだはずだった。
「ぅ…痛た…なんやもぉ。今日はふんだりけったりや?!」
どうやら咄嗟に庇ってくれたのだろう。誰かは知らないが、頭を押さえながら身体を起こすその顔を優羽は不思議そうな顔で見つめていた。
そんな優羽の姿に、相手も固まったらしい。
「スマン!どっかぶつけたか?」
体の下にかばった優羽から慌てたように上半身を離し、彼は心配そうに尋ねてくる。
誰だろう。記憶にその顔の人物は存在しない。優羽は逆光に目をしかめながら、その人物の正体を確かめしようとしていた。
「痛いんか?」
「えっ、あっ、大丈夫です。」
柔らかいのに低い声、均整のとれた体と射すような細い瞳に心当たりはない。ないはずなのに、全身がざわざわと胸騒ぎを起こしている。
「ホンマに?泣いてんのとちゃうの?」
さっきまで映画をみながら泣いていた優羽の目が、赤く潤んでいたのを自分のせいだと勘違いしたのだろう。本当にすまなさそうにホホを撫でてくる彼を優羽は驚いたまま見上げていた。
その腕を知ってる。
いや、初めて会うはずなのに、筋のとった男らしい腕の持ち主の行為をどうして知っていると思ったのか。
自分でも不思議だったが、何故か彼の腕を拒む感情が沸いてこない。
「だ…っ…れ?」
太陽の光に慣れてきた目が、目の前の彼の姿を徐々にとらえ始めていた。
一言で表現するなら"イカツイ"風貌の関西人は、優羽の上にまたがったまま心配そうな瞳を向けている。
「優羽?」
名前を呼ばれてハッと現状に気づいた優羽は、慌てて身体を離そうとした。
「だっ大丈夫です。」
「せやかて、どっか痛いんちゃうの?」
「これは、さっき観てた映画のって、え?」
ホホをなぞる見知らぬ男の手を払い除ける勢いで目を擦った優羽は、ある違和感に気づいて目の前の男に顔をむけた。